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2022年11月07日(月)里帰り取材?の熊本でニッポン復活のヒントを発見

 「山川さん、週末とくっつけて、熊本にロケに行きますか」。日経ニュース プラス9の森松博士チーフプロデューサーの粋な計らいもあって、9月上旬に実家のある熊本県に取材に行きました。新型コロナウイルスの感染拡大以降、国内外の出張取材を控えていた私にとって、久しぶりの宿泊を伴う本格的なロケでした。

多数のクレーンが並ぶ工場建設現場(熊本県菊陽町)


 9月13、14日に2夜連続の特集で放送した取材の目的は、半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本進出です。総投資額約1兆2000億円という巨大プロジェクトは、地元経済を大きく変えようとしています。新工場の稼働は2024年末の予定ですが、既に数多くの半導体関連企業が周辺に新拠点を構えることを決めました。

 周辺地域では地価の上昇が目立っており、TSMCが工場を建設する菊陽町の工業地の基準地価上昇率は32%で全国1位となりました。人材争奪戦が激しさを増しており、熊本労働局によると、県内の「半導体チップ製造工など」の有効求人倍率は、3.3倍まで跳ね上がっています。

 16年の大地震、20年の豪雨による水害など、多くの自然災害に見舞われてきた熊本にとって、TSMC進出は久々の朗報です。インタビューさせいただいた蒲島郁夫・熊本県知事は「数字上の経済効果も重要だが、県民の気持ちをパッと明るくさせる、そんな心理的な効果も大きい」とおっしゃっていました。

 取材を通じて、新たな発見もありました。岸田政権は先ごろ、賃上げと労働移動の円滑化を一体的に進め、デフレからの脱却に取り組む方針を掲げました。熊本経済の中に、日本が目指すそんなモデルがあったのです。

 TSMCの新工場の23年春の大卒初任給は28万円。中途採用の募集では、人事・総務といった事務系の場合、英語が堪能で職務経験が豊富であれば、年収800万-1200万円が提示されているようです。いずれも生活コストの安い熊本では破格の待遇と言えます。現地企業の間では、好条件に引き寄せられるように従業員の流出が相次いでいます。優秀な人材を引き留めようと、多くの企業が好条件で人材を募集しています。まさに賃上げと労働移動が同時に起ころうとしています。

 感銘を受けたのは、移動棚の大手、金剛社長の田中稔彦さんの話でした。同社でも複数の社員が半導体関連企業に転職したそうですが、田中さんは「世界で競争しているTSMCにとっては、当たり前の給与水準。むしろ熊本の経営者がこれまで低い賃金で済む環境に甘えていたのかもしれない」と自戒を込めて語りました。同社は先頃、新規事業の一環として、半導体製造装置の部材製造に乗り出すことを決めました。「ペーパーレス化に伴って収納棚の市場は縮小している。これを契機に成長分野に踏み出して、もっと高い賃金が払える企業にしたい」とTSMCの進出を前向きに受け止めていました。

 賃金上昇を伴った、いわゆる「良いインフレ」の循環を創り出せないのが今の日本です。それを尻目に、熊本では好循環が生まれようとしています。災難続きだった地元の取材で、まさかデフレ脱却のヒントを得られるとは思いませんでした。コロナの発生以降、スタジオに有識者を招いて、お話をうかがうことを続けてきましたが、やはり百聞は一見に如かず。現地に出向いてこそ、発見できる貴重な情報があると実感しました。

 自然災害で様々な施設が損壊したこともあり、熊本では今、道路や空港、駅、港などの整備・復旧が同時並行で進んでいます。久しぶりに熊本に滞在した私にとって、生まれ変わろうとしている地元の風景は、とても新鮮に映りました。長いこと会っていなかった同級生たちとも旧交を温めることができて、たくさんの元気をもらいました。これからも可能な限り、現場に足を運び、五感を通じた取材を続けようと思います。

山川龍雄

日経ニュース プラス9 キャスター
山川龍雄

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