パートやアルバイトの従業員を多く抱える流通や外食などの業界で、「10月危機」という言葉を最近よく耳にします。社会保険の適用拡大と、過去最大の最低賃金の引き上げがこの10月に重なり、人材獲得競争がさらに激しくなっているからだそうです。
社会保険(健康保険や厚生年金)の加入対象はこれまで、一般的に週30時間以上働く人でした。年収130万円未満の短時間勤務者は対象外で、保険料を払う必要はなかったため、この水準を超えないように勤務時間を調整する人も珍しくなく、「130万円の壁」と言われてきました。
今月からは従業員が501人以上の企業で週20時間以上働き、年収106万円以上などの条件を満たす人は保険料を払わなければならなくなりました。つまり「130万円の壁」から「106万円の壁」に下がったわけです。該当者は25万人程度とみられています。
社会保険料を納めると将来もらえる年金が増えるメリットはあります。しかしながら、保険料の負担で手取りの収入が減る分を補えるように稼ごうと、逆に勤務時間を増やす人はまだ少数派です。
スーパーのいなげやでは今回の適用拡大で影響を受けるのはパート従業員の4分の1程度。このうち5割強が勤務時間を減らす予定だそうです。イトーヨーカ堂では勤務時間の短縮を希望する人が出ており、現場の勤務シフトの見直しなどで対応するとのことです。
勤務時間を短くするパートが増えるのを見越して、パートの採用意欲を強める企業の姿勢は時給の相場からもうかがえます。
人材サービス大手のインテリジェンスのパート・アルバイト求人サイト「an」が掲載した募集時の全国平均時給をみると、直近の8月は992円と、4月の989円から上昇。anの上土達哉編集長は「10月にも全国平均時給1000円超えを予想している」と話しています。
今月からは最低賃金(時給)が全国平均25円引き上げられ823円となりました。最低賃金を実勢相場が下回る求人案件の割合が多い地方でも、賃金の上昇が見られるようになってきました。例えば、北海道のanに載った募集時の平均時給では、10月から適用の最低賃金を下回る割合が8月時点で22%と2カ月前より9ポイント減りました。
政府・与党は主婦の就労を巡るもう一つの壁とされている所得税の配偶者控除を見直しています。いわゆる「年収103万円の壁」。妻の年収が103万円以下だと、夫が給与所得から38万円の配偶者控除を受けられるものですが、こちらの壁との整合性をどう取るのかも注目されています。
社会保険の適用拡大で「130万円の壁」が一足先に「106万円の壁」に下がったため、税制「103万円の壁」が撤廃されても、その恩恵は感じにくいです。税と社会保険は別物とはいえ、働く人たちにとっては家計の負担に違いありません。
年末に向けて税制論議が山場を迎えます。この際、税と社会保険料の「壁」をセットで議論し、今の時代にあわせて制度設計を見直してみてはどうでしょう。最後にひと言。衆院解散・総選挙を意識して、所得税改革は来年以降に先送り、なんてことがありませんように。
日本経済新聞 編集局キャスター長
阿部奈美
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