雇用形態が違っても、仕事の内容が同じなら、同じ賃金を払う。正社員と非正規労
働者の賃金格差を是正しようと、「同一労働同一賃金」を巡る議論が繰り広げられて
います。安倍晋三首相が1月の施政方針演説で同一労働同一賃金の実現に踏み込む姿
勢を示したニュースを見て、「あれ?」と思われた方も多いのではないでしょうか。
というのも、「同一労働同一賃金推進法」が昨年成立するまでの国会答弁では安倍
首相は「直ちに理解が得られるのは難しい」と同一賃金に慎重でした。それが一転、
なぜ急に同一労働同一賃金の実現を前面に打ち出し始めたのか。
理由は2つあると思います。まずアベノミクスに陰りが見えてきたこと。アベノミ
クスが始まって3年ですが、安倍政権の狙い通りに賃金や投資は増えていません。物
価の伸びを差し引いた実質賃金は4年連続のマイナス。個人消費も低迷したままです。
そこで今回、生活水準の底上げを重視する姿勢を前面に打ち出すことにしたのでは
ないか、と読み取れます。もう1つは選挙権年齢が18歳以上に下がる夏の選挙に向け
た対策。2000万人に上る非正規労働者を取り込みたいという思惑が見え隠れします。
ただ、動機はどうであれ、日本の正規と非正規の待遇格差の改善や能力開発の機会
を増やすことは喫緊の課題だと私は思っています。パートタイマーや契約社員、派遣
労働者など非正規で働く人は今や雇用者の4割に上り、賃金は正社員の6割程度に過ぎ
ません。パートタイマーの1時間当たりの賃金を正社員と比べると、欧州でもフラン
スが89%、ドイツは79%と一定の差はあるものの、日本は57%と差が大きいです。
気になるのはその進め方です。政府はパートタイム労働法や労働契約法、労働者派
遣法などの法改正を軸に関連法案の準備を進めるほか、非正規労働者全体を対象にし
た新法も検討しています。ですが、労働関係の法整備には労使の代表を含む労働政策
審議会での議論が必要で、非正規の賃上げによるコスト増を懸念する経営側や自分た
ちの賃金水準が下がることを警戒する正社員側の反発も予想されます。
場所や時間、職務などを詳細に規定して契約する欧米型の同一労働同一賃金をその
まま日本に導入しても、なじみにくいという点にも目を向けなければなりません。社
員一人ひとりがやるべき業務内容が明確に書かれた「ジョブ・ディスクリプション
(職務記述書)」がある企業は日本にはほとんどありません。個々の社員が何をする
かは現場で臨機応変に決めるのが一般的で、「同一労働」という前提が成立しにくい。
――という風に、実効性のある法規制を実現するには課題が多いです。
むしろ重要なのは、正社員として働きたいのに不本意ながら非正規で働いている人
が正社員に転換できる道を太くすること。そこで私が提案したいのは「退者復活(敗
者ではありません)可能な労働市場」の実現。非正規で働く人が技能を身につける機
会を増やすことや、最低賃金の引き上げを促す施策も必要です。
日本の労働市場はいったん退いた人が正社員として活躍しにくい。長期雇用を前提
に正社員を新卒で一括採用し、社内で育成して競争力を高めるという伝統的な日本の
雇用慣行はもう限界にきています。猛スピードで変化する世界市場で日本企業が勝ち
続けるには、雇用慣行も"モデルチェンジ"しなければならないと思います。
今後は家族の介護などで時間に制約のある働き方しかできない人が増えます。正規
と非正規の間を行き来できる流動性の高い労働市場になれば、個々の企業の人材確保
はもちろん、成熟産業から成長産業への人材シフトも進み、経済成長につながります。
そんな思いを抱きながら、5月にまとめられる「ニッポン一億総活躍プラン」の中身
に注目したいと思います。
(日本経済新聞 編集局キャスター長 阿部奈美)
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