「この施策が、自民党が掲げる参院選対策の目玉になるかもしれない」。2月16日
にお越しいただいた、サントリーホールディングスの新浪剛史社長の話を聞いて、
そんな予感がしました。「この施策」とは、「パート130万円の壁の撤廃」です。
経済財政諮問会議のメンバーである新浪さんは、この政策の実現を、政治に対して
積極的に呼びかけています。
現行の制度では、パートタイマーの収入が130万円を超えると、正社員と同様、厚
生年金や健康保険など社会保険料がかかります。主婦層が手取り額を減らさないよう
に労働を抑える要因となっており、「130万円の壁」と呼ばれています。これとは別
に、今年10月からは、従業員501人以上の会社では、年収約106万円以上で週20時間以
上働くパートは社会保険の加入対象となります。そのため、今度は「106万円の壁」
が意識され、パートが一層、労働時間を減らすのではないかと懸念されています。
パートの社会保険加入そのものは、正社員との格差を縮める一歩であり、年金増に
もつながるわけですから、悪い話ばかりではありません。ただ、生活に余裕がなけれ
ば、目の前の手取り額が気になるのは当然のこと。人手不足が叫ばれる中、「働きた
いのに、働く時間をさらに抑制する」パートが増えるというのは、どこか矛盾してい
ます。
もちろん、政府も手をこまねいているわけではありません。先ごろ、賃上げやパー
トの労働延長に積極的な企業に補助金を出す施策を打ち出しました。パートは賃上げ
を通じて、手取り額の目減りを補い、企業も社会保険料の負担を軽減できます。ただ、
この制度の対象となるのは、多くても60万人程。1300万人を超えるパート・アルバイ
トの人口からみれば、ごくわずかと言わざるを得ません。
そこで新浪さんが提案するのが、すべてのパートを対象とした「壁の撤廃」です。
つまり、年収130万円や106万円を超えて労働したパートに対し、手取り額が減る分を、
国が補助する仕組みを導入しようというわけです。
当然、実現には財源が必要になります。そこで新浪さんが着目したのが、労働保険
特別会計。雇用悪化に備えた安全網であるこの特会には、6兆円以上の蓄積があります。
失業率が低下する状況下でこれほど積み増す必要があるのかと疑問の声があがってお
り、いわゆる"埋蔵金"の一種とみなされています。この特会を取り崩し、壁撤廃の
原資にしようというのが、新浪さんの考えです。
この施策は、「一億総活躍社会の実現」という政府が掲げる目標にも合致します。
それに安倍政権は最低賃金を時給1000円に引き上げる目標を掲げました。時給が上が
れば、それだけ早くパートの年収は130万円や106万円に達します。年末に労働時間を
調整するパートが増えれば、小売業や中小企業の現場は混乱するでしょう。そのため
にも、「壁の撤廃」は急務です。さらに、停滞している消費の喚起にも一役買います。
「パートの方々は消費性向が高く、可処分所得が増えれば、消費に回る。決してムダ
な財源の投入にはならない」と新浪さんは主張します。
新浪さんの考え通りに、事が運ぶかどうかは分かりません。ただ、働かない方が有
利になる社会保険の仕組みを作ったことで、日本の女性は労働時間を抑制するように
なりました。そろそろこの矛盾を解消する時期に差し掛かっていることは、間違いあ
りません。
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