日経おとなのOFF
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1950年代以降になると、荷風の眼は特に浅草へ向けられるようになる。戦後という、新しいタームに突入したことで、彼の世界はまた違う頁をめくることとなる。それでも、荷風は時折、思い出したように銀座へ行き、ランブルのコーヒーを飲んだ。
とりわけ"本物"の味が、そこにあったからだろう。今では誰もが知っている『粗挽きネルドリップ』を開発したのも、関口さんだ。店主の作るコーヒーを、荷風がどう想っていたのかは、今となっては知るよしもない。
「若い頃は、コーヒーを注ぐことに夢中。有名人が来ていたと言われても、それどころじゃなかった」
と、照れくさそうに関口さんは笑う。一口飲んで、ゆっくり、勝手に想像してみる。コーヒーは何も教えてくれない。だけれども、美味い。ほんの少し、ほんのちょっとだけ荷風の気持ちが分かった気がする。特別な注意を払わねば、本物は生まれないのだ、と。

「銀座と銀座の界隈とはこれから先も一日一日と変って行くであろう。丁度活動写真を見詰(みつ)める子供のように、自分は休みなく変って行く時勢の絵巻物をば眼の痛(いたく)なるまで見詰めていたい。」(『銀座』)




