写真家たちの日本紀行 大晦日リクエスト6時間スペシャル 2010年12月31日(金)あさ8:00~午後2:00

あなたの質問に答えます 写真家突撃インタビュー

立木 義浩 編

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駆け出し時代の失敗談や苦労話など、
ありますか?

うんと若い時ね。
若い時だけど、仕事を一本立ちしてやらしてもらってたの。
その頃は大きなカメラで撮ってたのね。
こういうカメラじゃなくて、
シノゴっていう大きさのはがき大のフィルムだよ。
レンズっていうのも割とおっきいんだよね。
今はレンズにシャッターってのが付いてるんだけど、
シャッターが付いてない時代だったの。
そういうレンズもあったの。
安いからそれを買って、
そのレンズにはシャッターを付けないとダメなわけじゃない。
俺が二十歳そこそこの時は、
(実物を見せながら)ここにレンズをポコッと入れるわけよ。
それで、これを引っ張ってこれでシャッターなのよ。
フィルムがこっちにあって、引き蓋ってのがあって、
ピント合わしたら閉めて、シャッターを切ると光が入って来る。
それで、これを忘れたのよ、撮影の現場に。
で、どうする。
レンズはあるんだけど、シャッターが無いわけじゃない。
それでレンズのレンズキャップ。
それをそーっと外してチーッチャって、こうやると約10分の1なのよ。
チーッチャってのを10枚撮ったらね。
4、5枚ちゃんと写ってた。
そん時は全身汗なんだけどさ。
橋の上からモデルを2人立たせてだよ。ファッションモデルを。
で、こんな事してる訳よ。
そのままなんていいながらさ。
それが一番大変だったかな。
汗出てきたよ、思い出したら。

でもほら、気転が利かないとダメでしょ。
一人で街に出て撮るってのと違うじゃない。
モデルもいるって事だから、忘れたってのは全員が動揺するよね。
もう、俺は動揺してるんだけどね、とっくに。
とっくに動揺してるんだけど、動揺してる風に見せちゃまずいじゃないですか。
いけねえって思ったんだけど、
今日は特殊な事しますよって、
なんか嘘ついてチーッチャでやって、写ったって事だから。
だから、頭のてっぺんからつま先まで神経ピリピリってなっちゃうよね。
そういうのを一つ越え、一山越え二山越えっていう内に、
ちょっとなんか慣れてきて、また違う失敗もするんだけど。
そういう失敗っていうのはさ。二度とプロとしてはしちゃいけない事だから。
こういうものは忘れない様にするっていう事から始まって、キチッとやるっていうか。
豪放磊落なんていう奴は、こういう仕事は向かないよね。
心配性じゃないと。
世にクリエイティブですごい、例えば黒澤明監督なんていったって、
コンテ書いて書いて書きまくって、
明日はこうしようとかって事前にさ、石橋を叩くって事をきっちりやってるわけだからさ。
そういう事はやった方がいいですよね。

立木さんが、今最も撮りたい被写体はなんですか?

色々あるだろうけど。
新しく撮る機会が出てくればいいし、
特別に何かこれを絶対撮りたいとかさ、っていうものがあるっていうよりも、
普段の仕事の中で目撃したものが気に入って、それを撮り続けるって事が多いかな。

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立木 義浩

1937年徳島県徳島市出身。東京写真短期大学卒業。女優写真の第一人者。NHKの朝の連続テレビ小説『なっちゃんの写真館』のモデルとなった立木写真館3代目・立木香都子の次男として、徳島市に生まれる。1958年に東京写真短期大学(現・東京工芸大学)を卒業。写真館の営業の後継者としての仕事を措いて、「アドセンター」設立と同時に、フォトグラファーとして参加。1969年にフリーフォトグラファーとなり、広告・雑誌・出版・映像など幅広い分野で活躍。