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ニュース報道の心

2017年2月3日(金)メルケル首相の自由主義の根底にあるもの 阿部奈美

 こんなにも国際評価が変わるリーダーも珍しいかもしれません。ドイツのメルケル首相のことです。2015年秋に大勢の難民がヨーロッパに押し寄せ「寛容な政策」を求めた時は反発が拡大して孤立。与党内の右派勢力や極右政党などからの反発もあって、難民・移民政策を若干軌道修正したものの、メルケル首相は頑なに寛容な路線を貫こうとしています。


 しかし、アメリカのオバマ大統領が「自由主義世界のリーダー」の座を降りた今、そんなメルケル首相を「西側リベラル最後の守り手」(ニューヨーク・タイムズ紙)と評する声も上がっています。


 この半年余りで欧米社会は一変しました。イギリスのEU離脱決定、アメリカのトランプ大統領誕生、そしてポピュリズムのフランスやイタリアへの波及。ドイツでも昨年来100万人を超える難民申請を受け入れたことで反発がさらに強まっているのに、メルケル首相はぶれません。彼女のこの徹底した自由主義的な精神はどこから来るのか。改めて考えさせられます。


 実は私、メルケル首相に2度お会いしたことがあります。最初は2015年春の来日時。外資系法律事務所などでやった私の講演を聴いたドイツ大使館職員らに興味を持っていただいたご縁で、「日独とも女性の活躍推進を掲げているが実態はどうか」について、チャタム・ハウス・ルール(発言元を明かさない)を条件に意見交換したいと、少人数の朝食会に招待されました。


 2度目はその半年後にベルリンで開かれた「G7 Forum for Dialogue with Women」。世界30カ国の各界から女性幹部が集まった国際会議で、日本からの参加者5人のうちの1人として討論会に招かれた時です。これまたチャタム・ハウス・ルールのため、発言の詳細は書けませんが、実際にお話したメルケル首相の印象は「穏やか」で「芯が強そう」。


 国民から「ムッター(お母さん)」と親しまれる独特の柔らかな雰囲気と、物理学の元研究者らしくじっくり相手を観察して話を聞くところ。それでもって、ここぞと言う時は結構はっきり主張する。口調こそ穏やかですが、手ごわいリーダーのように感じました。


 話を戻しますが、そんなメルケル首相の自由主義の精神の根底にあるのは何か。諸説ありますが、一つは生い立ちです。プロテスタントの牧師だった父親の転勤で幼い頃に旧東ドイツに移住。人間の尊厳に関わることには原理原則を貫く精神は父譲りと、されます。もう一つは旧東ドイツで目の当たりにしたハンガリーの国境開放やベルリンの壁の崩壊。自由な移動なしに、今のドイツの成長やヨーロッパの繁栄はなかったというのが持論だそうです。


 大統領就任前のトランプさんから、EUは「ドイツのための乗り物」、難民政策は「壊滅的な間違い」と批判されたメルケル首相は「ヨーロッパの運命は我々自身が決める」と反論。そして就任直後のトランプさんには「協調する用意がある」とメッセージを出し、「基本的価値観の共有が条件」とくぎを刺しました。具体的には「民主主義、自由主義、法の順守」のほか、「出身、肌の色、宗教、性別などを問わずに人権尊重するという価値観」を挙げています。


 欧米主要国のリーダーが相次ぎポピュリズムの波に飲まれる中、ヨーロッパの盟主でもあるドイツのリーダーとして、どんなカードを切るのか。今秋のドイツ下院選挙に出馬し、4期目を目指すメルケル首相から目が離せません。


日本経済新聞
編集局キャスター長
阿部奈美


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