フランスのミネラルウオーターで有名な町、エビアンから見えるレマン湖対岸の美
しい街並み。スイスの町、ローザンヌ。2003年、エビアン・サミットの取材で宿泊し
たホテルから現場に向かう道中、毎日目にしたその光景は今でも忘れません。その
ローザンヌにIMD(経営開発国際研究所)というビジネススクールがあります。経営
者や管理職向けの教育プログラムが充実しています。また、IMDは英国のフィナン
シャル・タイムズ、エコノミスト誌やフォーブスなどにより高い評価を受け続け、
トップクラスであることでも知られています。3年前と今年の2回にわたり、これから
経営者を目指す人向けのプログラムを取材した日本経済新聞・関口和一(せきぐち・
わいち)編集委員。IMDを通して見えた日本企業の課題を話して下さいました。テー
マは「経営のデジタル化 リーダーの必須条件」でした。
関口氏は1988年にフルブライト研究員として米国のハーバード大学で「知財」を専
攻。その後4年間ワシントン支局で特派員をつとめ、最後の1年は父ブッシュ政権から
クリントン政権にかわり、ITの話がにわかに増えたといいます。「1994年、まだITと
は無縁の日本に帰国後、アル・ゴア副大統領が提唱した「情報スーパーハイウエイ構
想」を機に少しずつITの波が日本にも押し寄せてきました」。翌年の1995年、関口氏
は日本経済新聞社・IT取材班のキャップとなり、日経ウェブサイトを立ち上げたので
す。ですからIMDが推し進める経営のデジタル化には精通しています。
IMDのすぐ近くにIOC(国際オリンピック委員会)の本部があり、今回IOCバッハ会長
が授業で講演に来てこう話したそうです。「常に変革はすべきです。常に順風満帆な
どありえません。大切なのは3点。何を、どう変えるか。そしてなぜ変えるか」。実
際IMD自らもデジタル化に舵を切っていると、関口氏はいいます。「十数カ国から来
た45人の教員のうち、約10人はデジタル系に入れ替わりました。また、シスコシステ
ムズがIMDに約12億円を出資。IMDが世界中の企業に、デジタル化を促すための研究と
指導力を提供できるようにするためです」
さらにIMDの今回のテーマは「デジタル化」でしたが、3年前のテーマは「ダイバー
シティー」。関口氏はこの2つのテーマは実は深くつながっているといいます。「ソ
フトバンクの創業者、孫正義氏からこんな話を聞いたことがあります。人は皆、長い
遺伝子(革新的)と短い遺伝子(保守的)の両方をもっていて、革新的な方がより秀
でていた欧州の人々は昔、海を渡り米国に向い、ボストンに住み着くも、どんどん西
にむかったそうです。やがて西海岸沿いで映画やITなど新しいものが生まれました。
今、シリコンバレーには中国やインドなど世界中から人が集まります。つまりデジタ
ル化はダイバーシティーから生まれました。異分子があった方が新しいものは生まれ
るのです。ダイバーシティーのない渋谷のビットバレーでは生まれにくいのです」
そしてなにより「ローザンヌのIMDでは異分子が集まっていました。革新的で
す」。様々な英語のアクセントを耳にした関口氏は「日本人の方が上手に話せる」と
感じるほど多様性に富んでいるといいます。そして彼等は臆することなく堂々と話す
のだそうです。
もう一点。そうした異分子が集う場や国際会議とは、実は世界中のリーダーたちが
集うビジネスの場でもある、ということ。その商機を日本人は見過ごしてしまってい
ます。「昔、アスキーの西(和彦)氏とソフトバンクの孫氏は、天才の西・神童の孫
といわれた時代がありました。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏と西氏は友達
で、西氏がマイクロソフトを日本に持ってきたくらい仲がよかったのです。一方、孫
氏もゲイツ氏に会いたい。そこで孫氏は仕掛けを考えました。世界最大のコンピュー
ター見本市COMDEXを買収したのです。そうして主催者として、ゲイツ氏に会うことが
できました。またYahoo!に投資して筆頭株主にもなりました」と関口氏。
少々の苦労は承知の上で、ダイバーシティーとデジタル化を積極的に仕事に取り込
めば、これまで見たことのない世界が目の前に広がるかもしれません。
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