日経おとなのOFF
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『染太郎』は、そんな彼らの拠り所だった。現在、関係者以外立ち入り禁止となっている二階。安吾は閉店後も居座り、あろうことか二階に上がり、執筆を始めることも珍しくなかったという。そんな無茶が許されたのも、ひとえに初代・﨑本はるさんの器量の大きさが成すところだった。
「初代は、家族に自分のことを話すことを一切しなかった人でした。戦後、あの混沌としたなかで、どのように商売を軌道に乗せたのかも、考えられない安値で料理を提供できたのかも、多くの人に愛された秘訣も謎のまま(笑)。ただ、すべてを受け入れるような懐の大きさはありました」
現在、3代目主人として店を切り盛りする孫の﨑本太郎さんはそう話す。その包容力が、人間を全肯定せよ、と唱える無頼派の面々に愛されたのも不思議ではない。太宰が行方不明になり心中が発覚する直前、その身を案じて、田中英光は安吾とともに、「どうか生きていてください。来月、浅草の染太郎にて3人で飲みましょう。ご都合、お知らせ下さい」と手紙をしたためている。『染太郎』は、彼らが"生"を体感できる母体でもあった。

「戦後当時からあったしゅうまい天は、きっと安吾さんも食べた味。小麦粉にしゅうまいの具を入れてかさを増し、おもちを使ってしゅうまいに見立てた初代が考案した一品・・・『染太郎』オリジナルの味です」(﨑本さん)
肉が高価で、物が手に入れづらかった時代。少しでも美味しく、そして食べ応えのあるものを、という初代の優しさがこもった味。もちがふわっとなるまでの間、卓を囲む仲間と和気あいあい、甲論乙駁、どちらもよし。醤油の香ばしさとモチモチの食感は、箸休め、閑話休題のひと皿としても"美味しい"のだ。仲間と語る熱のこもった話題は、一層と鉄板を熱くさせるだろう。時代は変われども、人間は変わらないのだから。



