日経おとなのOFF
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彫 彫刻家・詩人として挺身した高村光太郎。民衆詩的作風の色濃い『米久の晩餐』という大正期を代表する詩があるため、浅草の『米久』を連想する方も少なくないだろう。しかし、光太郎思い出の地としては『新宿中村屋』を取り上げたい。日本における純印度式カリー発祥の地としても名高いが、実はそれだけではない魅力に富んでいるからだ。

創業者である相馬愛蔵・黒光夫妻は、明治42年本郷から現在の新宿に『中村屋』の拠点を移し、パンと同時に菓子の製造・販売を展開する。その傍ら、美術、演劇、文学といった幅広い分野の芸術家や文人などを支援する交友の場も設けていた。後に、“中村屋サロン”と呼ばれる屯である。
多くのクリエイターが集う楽土の中心人物は、相馬愛蔵と同郷・安曇野の友であった荻原守衛(碌山)。ニューヨーク留学時代に守衛を知った光太郎は、彫刻家・ロダンに憧憬を
抱く同志として親交を深めていく。
「印度産のとぼけた象、日本産の寂しい青年。群衆なる『彼等』は見るがいい、どうしてこんなに二人の仲が好過ぎるかを」(『象の銀行』)



