番組表

Bunjin東京グルメ

第8回 『蓮玉庵』
~『雁』の世界をひも解きに~(後編)

テキストサイズ

2014.01.29

蕎麦屋を後にして、"僕"とは裏腹に、岡田は自らが放った石により落命した雁を外套の内側に忍ばせ、お玉の視線を"なかったこと"として通り過ぎる。悲恋というセンチメンタルな感情が、この物語にはあるのか、と疑ってしまうほど恐ろしい光景に思える。お玉を亡霊のように突き放す岡田こそ、鷗外の本音ではないのか。「読者は無用の臆測をせぬが好い」と、最後に釘を指して、物語は幕を閉じる。

蓮玉庵は、昭和29年に不忍池のほとりから現在の仲町通りへ移転するが、門構えの風格を見ると、ここだけがタイムスリップしたような感覚にとらわれる。雁の世界を知るものならば、この暖簾をくぐらずにはいられない。岡田とお玉が言葉を交わす仲立ちをしたのは"紅雀"で、二人が最後に遭遇したときは"雁"がいた。そして、いま自分の目の前には『鴨の熏製』がある。

Photo01

「寂しい無縁坂を降りて、藍染川のお歯黒のような水の流れ込む不忍池の北側を廻って、上野の山をぶらつく」ことを好んだ岡田と同じ道を辿れば、誰かにめぐり合える鴨・・・などとくだらないことを考える自分は、「一生、末造タイプだな」と思った。

締めに、せいろを1枚頼む。物語に登場する味を今か今かと心待ちにして、ぬる燗をちびちびと。そばを待ちわびる時間はお玉が坂下から上がってくる岡田を待ちわびる時間とは違うだろう。でも、心待ちする時間があるということは、その人にとって特別な時間が流れているということだ。鷗外思い出の蕎麦屋、一度、訪れてみてはいかがだろうか。

※お店の情報は次ページに掲載しています。

pagetop