日経おとなのOFF
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「このまま往っては早過ぎるね」と、僕は云った。
「蓮玉へ寄って蕎麦を一杯食って行こうか」と、岡田が提議した。
僕はすぐに同意して、一しょに蓮玉庵へ引き返した。その頃下谷から本郷へ掛けて一番名高かった蕎麦屋である。(『雁』)
彼らが決まって訪れていた場所がある。現在も、初代・八十八から数えて6代目が衣鉢を継いでいる安政6年(1859年)創業の『蓮玉庵』である。
「かつては2階の座敷で結納なども行っていたと聞きます。窓を開けると、目の前に不忍池が広がっていて。初代は元々物書きだったらしく、こだわりの強い人だったのかもしれません。"蕎麦と景色を楽しむ"という粋な演出だったのかも」

お店の方が教えてくれた在りし日の風景を、僕と岡田、そして「蓮玉で蕎麦を食う位が既に奮発の一つ」になっていた末造も眺めていたのだろう。
森於菟、森茉莉、小堀杏奴・・・寵愛した子どもたちの随筆には、さまざまな飲食店に連れて行く父・鷗外の記憶が記されている。子どもたちと接するときの鷗外は、親バカと呼んでも差支えがないほど優しい父親だったそうだ。蓮玉庵で見せた父としての鷗外は、僕だったのだろうか、岡田だったのだろうか。
※後編は、1月29日(水)に更新する予定です。
※お店の情報は次ページに掲載しています。




