松下幸之助(松下電器(現パナソニック)創業者)

松下幸之助(松下電器(現パナソニック)創業者)
来年で創業100周年…パナソニックを一流の総合家電メーカーに育て上げ、世界から“経営の神様”と崇拝されるカリスマ・松下幸之助。「技術立国ニッポン」の発展を支え、政財界にも大きな影響を与えた松下は、23歳の時に現パナソニックの前身「松下電気器具製作所」を創業。自転車用の電池式ランプやアイロンなど斬新な家電製品を作り、多数のヒット商品を生み出した。
会社経営で得た経験を「経営哲学」として書き残し、亡くなって20年以上経つ今も、松下の言葉は人々の心をつかんで離さない。経営の神様・松下幸之助が遺した経営哲学と数々の名言を軸に彼の人生を紐解いていく。
また、その秘密を、ドトール創業者の鳥羽博道氏や野田佳彦元総理が熱く語る!
  • 2017年7月22日(土)
    「ニッポン家電の開拓者!経営の神様」

    松下幸之助は1894年、和歌山に生まれた。6歳の時に父が事業に失敗したため、尋常小学校を4年で中退し、10歳で自転車修理屋の奉公人となる。その後、電力会社に就職し、22歳で見合い結婚。配線工事で使う新型ソケットを自ら考案した松下は、サラリーマン生活を捨て、1918年にソケットを製造する会社「松下電気器具製作所」を創業。画期的なプラグや長持ちする自転車用の電池式ランプを開発。さらに商品を無料で配布して、品質に満足したら代金を払ってもらうという型破りな売り方で、数々のヒット商品を生んでいく。その経営手法は、あたかも水道の水の様に商品を普及させる=「水道哲学」として、後の経済人にも大きな影響を与えた。戦後は、東芝・三菱・日立といった大手の電気メーカーがしのぎを削る家電市場に本格参入。海外メーカーと提携した技術力で、安くて高性能な商品を開発する同時に、今もパナソニックの経営を下支えする全国の販売店育成に力を注いだ。その中で生まれた経営哲学が「共存共栄」。大手スーパーの家電ディスカウント商法に徹底的に対抗し、定価販売を主張し、自社ばかりか販売店の収益も守り抜いた。こうして会社を総合家電メーカーに育て上げた松下は、米国の雑誌「タイム」の表紙を飾るなど経営手腕が世界的に注目される名経営者に。1980年には、日本を支える人材を輩出する目的で「松下政経塾」を設立し、元総理・野田佳彦をはじめ多くの著名な政治家が松下の薫陶を受けた。1989年、94歳でこの世を去るまでに培った経営哲学は、会社経営の神髄を顕す格言として書籍化もされ、時代を超えて多くの人々に強い影響を与え続けている。