井上礼之(ダイキン工業会長)

(ダイキン工業会長)
家庭用エアコン「うるるとさらら」やキャラクター“ぴちょんくん”でお馴染みのダイキン工業は、グループ全体で6万人以上の社員を抱え、世界トップクラスの空調メーカー。本年度の売上高は2兆円を超え、その功績の大部分を占めるのが会長の井上礼之の手腕によるもの。父の薦めで入社した井上が社長に就任し、無給水で加湿機能を持つ世界初のエアコン「うるるとさらら」を生み出すまでに迫ると共に、今回、ダイキン工業の入社式や新入社員の合宿訓練、さらに井上主宰の音楽コンサートにも潜入し、井上がコミュニケーションを重んじる理由を紹介。人間味溢れる井上の経営手腕と波乱の人生を振り返る。
  • 前編(7月17日放送)
    「町工場からグローバル企業へ!失敗が導く信念とは」

    1935年、京都市で4人姉弟の長男として誕生。背が高く色白で茶色の髪だったため小学校入学後、外国人スパイだと揶揄されいじめに遭う。終戦まで続くが、街に進駐軍が溢れると周りの状況は一変しお山の大将に。その後、同志社中学・高校・大学へと進学し、これという夢もないまま父の紹介で1957年にダイキン工業の前身、大阪金属工業に入社する。心新たに社会人生活を迎えるが、配属先は希望していた営業ではなく淀川製作所の工場の総務、庶務係。入社して1年経ったある日、会社へ行くのが嫌になり無断欠勤する。無断欠勤11日目、クビを覚悟して会社へ行った井上は、誰からも咎められることはなく通常通りの上司や皆の姿に、これまで抱いていた会社への見かたが変わる。1960年、淀川製作所に企画室が発足。新しく作り出すことを得意とする井上は、企画室に配属されると、タイムカードの廃止や提案制度を作るなど積極的に工場改革に取り組む。社会人としての第一歩を踏み出すと共に井上はその才能を開花させていき…。

    ☆私の逸品…「父・吉之の肖像」。京都大学の教授だった父の吉之が生前、西洋絵画の巨匠・小磯良平に頼んで書いてもらったという肖像画。悩み事がある時など父に語りかけるという井上が語る父への想いとは?

  • 後編(7月24日放送)
    「町工場からグローバル企業へ!失敗が導く信念とは」

    ダイキン工業の前身、大阪金属工業の淀川製作所企画室で才能を開花させた井上は、1962年にお見合いで出会った女性と結婚。翌年、淀川製作所が原因で野菜の立ち枯れや変色が起こっていると近隣農民が押しかけて来る。対応に当たった井上は話し合いの結果、上司に会社側が設備改善するべきだと提案し、その提言に工場も改善を開始する。住民との対立ではなく共存を深めるため、井上は工場の作業員と家族、地元住民を集めて盆踊り大会を開催。1975年、40歳で本社人事部長に抜擢され、1988年に表面化した「ココム違反事件」では、危機に瀕していた化学部門へ異動し、見事再生させる。そして1994年に山田稔社長から突然後継指名を受け、社長に就任。「業務用、家庭用、ビル用」の三本柱の中で家庭用エアコンに可能性を感じた井上は、新商品開発に力を注ぐ。1999年、無給水で加湿機能を持つ世界初のエアコン「うるるとさらら」が誕生。のちに誕生したキャラクタ-“ぴちょんくん”の人気も加わり大ヒット商品となり、その後国内シェアトップを獲得。2002年、会長となった井上は、世界市場へと目を向け、ダイキンを世界トップクラスの空調メーカーへと押し上げる。

    ☆私の逸品…「オルゴール」。娘が結婚式の当日の朝にプレゼントしてくれたスイス製オルゴール。その音色を聞くと娘の成長を思い出すという。