北杜夫(作家)

北杜夫(作家)
数々の名作を発表し、人々を魅了し続けた偉大なる作家たちに注目。日本文学を彩った作家たちの原点とは何なのか。彼らが作家となるまでの過程を紐解く。第3回は、家族をテーマにした作品を執筆し、自身の躁鬱病もネタにした芥川賞作家の北杜夫。株に手を出し破産、独立国家を建国するなど破天荒な文豪の人生を家族のインタビューと共に紹介する。
  • 作家シリーズ 第3回(12月20日放送)
    「名作誕生の背景~型破りなユーモアのある人生~」

    祖父は医師であり政治家、父は精神科であり歌人。そんな斎藤家に北杜夫こと斎藤宗吉は、1927年に東京で生まれる。子供の頃から文学に慣れ親しむ中、中学生の時に太平洋戦争が勃発。空襲により避難した兄嫁の家で父の歌集「寒雲」と出合い、歌人として父を尊敬するように。終戦を迎え、父の希望もあり医学部に入学。雑誌に原稿を投稿しながら慶応大学医学部精神科の助手として勤め始める。1958年、北ヨーロッパまで行くマグロ調査船の船医として乗り込んだ北は、ドイツに寄港した際にある女性と出会う。調査船から帰国後、体験記「どくとるマンボウ航海記」がベストセラーとなり、「夜と霧の隅で」で第43回芥川賞を受賞。ドイツで出会った女性と結婚した後、自身の家族をモチーフにした「楡家の人びと」で高い評価を得て、作家としての地位を築く。しかし、その後躁鬱病を発症。それでも北は躁鬱病ですらネタにして執筆を続けるが、映画作りの資金集めで株に手を出し破産、さらに自宅を領土とした独立国家「マブゼ共和国」を建国するなど、次第に破天荒な行動を取るように。その行動が世間で話題になる一方で、1998年には尊敬していた父をテーマにした評伝を完成させ大佛次郎賞を受賞する。