山口淑子(女優)

山口淑子(女優)
日本人でありながら、国策のために中国人女優「李香蘭」として中国でデビューした山口は、女優・歌手として大スターとなる。しかし、己の人生を生きるために「李香蘭」の名を捨て日本へ帰国。本名の「山口淑子」として女優活動を始めるが、その後、ジャーナリストに転身。中東などの紛争地帯への取材を積極的に行う。1974年には、衆議院選挙に出馬し、初当選を果たす。政治家となってからもパレスチナ問題に積極的に取り組み、平和を訴え続ける。今回、初めて山口の妹が姉の心の内を語った貴重なインタビューと共に、自らの人生を切り開いていった山口の生き様に迫る。
  • 前編(10月11日放送)
    「いま明かされる 李香蘭…知られざる真実」

    1920年、中国・満州で生まれた山口は、13歳の時に中国人将校の養女となり、「李香蘭」の名を与えられる。美貌の持ち主で中国語が堪能な山口に目付けた人々により、山口は中国人女優として「日本と満州の親善」をアピールする国策映画に出演。中国人女優に仕立てられた山口だったが、李香蘭は中国で人気者となる。しかし、のちに大ヒットした大陸三部作と言われる国策映画で日本人に反抗しながらも心を開いていく役を演じると、中国人からバッシングを受けるように。国家の意向に囚われない映画に出演したいと、3年後にアヘン戦争を題材にした「萬世流芳」に出演。中国映画始まって以来の観客動員数を記録するが、今度は中国側に立った映画となり、山口は日本人であることを告白できぬまま、自分の生き方を貫くために李香蘭を捨てる決意をする。戦後、日本へ帰国した山口は、「山口淑子」として日本で女優活動を再開する。

  • 後編(10月18日放送)
    「いま明かされる 李香蘭…知られざる真実」

    戦後、「李香蘭」の名を捨て日本へ戻った山口は、本名の「山口淑子」で女優業を再開。映画や舞台で活躍を続け、彫刻家のイサム・ノグチと結婚するが、すれ違いの末に離婚。その後、外交官の男性と再婚すると、女優業を引退し夫の赴任先の海外で暮らし始める。海外生活の中で自分を見つめ直した山口は、49歳の時に帰国し、ワイドショーの司会を務め、ジャーナリストへの道を歩み始める。2年後にはパレスチナの難民キャンプを訪れ、戦争で傷を負った多くの人々を目の当たりにした山口は、メディアを通じて平和を訴え続ける。この活動が認められ、ジャーナリストとして「テレビ優秀大賞個人賞」を受賞。さらに山口の活動は政治家の目にも留まり、1974年には参議院選挙に出馬し、初当選を果たす。政治家となってからもパレスチナ問題などに積極的に取り組み、平和へ尽力し続ける。