安井正義(ブラザー工業 創業者)

安井正義(ブラザー工業 創業者)
“ものづくり”に情熱をかけ続け、今や世界トップシェアを誇る日本企業とそのカリスマ経営者に注目。トップに上りつめるまでの苦難の日々と、数々のピンチをどう切り抜け、どう会社・社員を導いていったのか、その独自の経営手腕に迫る。
  • 第2回(9月27日放送)
    「己を知って挑めば失敗はない」

    1904年、外国製ミシンの修理業を営む家の長男として生まれた安井は、9人の弟妹と共に「ブラザー」を立ち上げ、ミシン製造に乗り出す。当時、シェア95%を誇っていたアメリカ・シンガー社の牙城を崩すには、耐久性が増すケースハードニングという金属部品の焼き入れ技術が必要だと確信し、独学で技術を解明。新たな部品も独自開発し、1932年に国産ミシン第1号が完成する。その後、世界へ打って出る為に日本製ミシンの統一規格の制定を決意した安井は、他社に独自技術を披露し、日本のミシン業界の底上げを図る。これによりアメリカ市場で日本製ミシンが評判となる。さらに安井は、シンガー社を視察した際に自社の技術で太刀打ちできると確信し、製造ラインを一気に増設。売り上げを伸ばしブラザーは世界トップシェアへと躍り出る。1956年、タイプライターの製造にミシンのプレス技術が応用可能だと判明すると、安井は開発に着手。活字技術を開発し良品安価のタイプライターを完成させる。タイプライターも世界トップシェアを獲得。自社の技術から新たな商品開発を進めたブラザーは、ファックスなどの製品を次々と生み出していく。