仲代達矢(俳優)

仲代達矢(俳優)
19歳で役者の道へ進んだ仲代は、黒澤明監督の「七人の侍」のエキストラ出演を経て「火の鳥」で映画デビューを果たす。映画会社と専属契約をせずフリーの俳優として活動を続け、26歳の時に主演した「人間の条件」での演技が話題となり一躍若手トップ俳優のひとりに。その後、黒澤監督から声が掛かり「用心棒」や「影武者」などに出演し、監督の想いを見事に体現。一方、俳優を養成する“無名塾”を設立し多くの役者を育て上げる。ひとつのイメージに捉われず、様々な役を演じ分ける仲代の演技を極め続ける日々に迫る。
  • 前編(7月12日放送)
    「演じることに命を懸けた役者」

    1932年、東京で生まれた仲代は8歳で父親を肺結核で亡くし、以来貧しい生活を送る。19歳で俳優兼演出家の千田是也らが主催する俳優座養成所に入り、役者としての基礎を学ぶ。そんななか、黒澤明監督作「七人の侍」のエキストラに合格し、浪人役で出演するチャンスを掴む。ところが、数秒歩くだけのシーンでダメ出しを連発。監督の罵声が続くなか、6時間かけてようやくOKとなり、役者としての技術のなさを痛感した仲代は発声から間の取り方、精神力に至るまでイチから演技力を磨く。その後「火の鳥」で映画デビューを飾り、映画会社に属さないフリーの役者として活動を続け、26歳の時に長編大作映画「人間の条件」の主役に抜擢。小林正樹監督がこだわった徹底したリアリティに応え、過酷な撮影を乗り切った仲代は、若手実力派俳優のひとりに躍り出る。そんなある日、仲代のもとに黒澤明監督作「用心棒」出演の声が掛かり、再び黒澤監督の撮影に挑むことに…。

  • 後編(7月19日放送)
    「演じることに命を懸けた役者」

    映画デビューから5年、「七人の侍」の苦い経験を経て、「用心棒」で主人公の敵役で再び黒澤明監督と仕事をすることに。完璧を求める黒澤監督の撮影では、殺陣の際に実際に刀を体に当てるため、ひたすら練習に打ち込み…迎えた本番で見事な殺陣を披露。監督からダメ出しを一度も受けることなく、その後出演した黒澤監督作品でも堂々たる演技を見せつける。ところが、40歳を前に自分の演技を見失った仲代は安部公房の劇団に参加。この経験をきっかけに、仲代は俳優を養成する“無名塾”を立ち上げる。1979年、47歳の時に黒澤明監督の「影武者」で勝新太郎の代役を務めることに。世間から厳しい声が出るなか、毎朝歯医者で含み綿を装着し頬を膨らませるなど必死に役作りに励み、武田信玄と影武者の一人二役を見事に演じ切る。これまで160本以上の映画に出演し、様々な役を演じた仲代は82歳となった今でも演技を極め続けている。