土門拳(写真家)

土門拳(写真家)
1戦後、日本にフォトジャーナリズムを築き上げ、“鬼の写真家”と呼ばれた写真界の巨匠。営業写真の仕事から写真の面白さにのめり込み、報道写真家を志す。徹底して被写体の一瞬の表情を重視する“リアリズム写真”にこだわり、被爆者の今を捉えた「ヒロシマ」や社会の底辺であえぐ子供たちを写した「筑豊のこどもたち」を発表。50歳の時に脳出血で倒れるも、不自由な体で日本の伝統美・古寺の撮影に挑み、「古寺巡礼」を完成させる。一瞬のシャッターチャンスに執念を燃やし続けた土門の波乱の人生に迫る。
  • 前編(4月19日放送)
    「ニッポンを撮り続けた鬼の写真家」

    1909年、土門は山形県酒田市の貧しい家庭に生まれる。その後、東京に移り母と二人暮らしになった土門は、画家を目指すも20歳で夢を断念。母の助言により24歳の時に写真場で働き始め、報道写真家を志すように。日本工房の写真技師として写真家・名取洋之助に弟子入りするが、土門の写真は一向に認められず、名取を見返そうと必死に写真の腕を磨く日々を送る。ある日、著作権が雇用者の自分にあると考えた名取により、土門の写真が名取の名前でアメリカのライフ誌に掲載される。土門はこの行為に怒り、ライフ誌に自ら写真を売り込む。写真は見事ライフ誌に掲載され、報道写真家としてのスタートを切る。1939年、結婚。1940年以降、リアリズムを重視する撮影を目指した土門は、路上生活者や貧しい子供たちに焦点を当てることで社会の現状を訴えた。そして1957年、土門は広島へと向かう。