大賀典雄(元ソニーCEO)

大賀典雄(元ソニーCEO)
1982年から13年にわたり社長としてソニーを率いた大賀典雄は、1959年、ソニーに入社。1970年、CBSソニーレコードの社長に就任し、レコード事業を軌道に乗せる。その後ソニーの副社長となった大賀は、コンパクトディスクの開発に海外の電機メーカーと共に乗り出す。1982年にCDが発売され、CDは音楽界の要となる。同年52歳でソニーの社長に就任。映像産業での成功後、ゲーム産業にも参入し、1994年にプレイステーション®が誕生する。社長就任から13年で売上を3兆円伸ばしたソニー中興の祖とも言える、大賀の時代の先を読み続ける経営手腕に迫る。
  • 前編(4月5日放送)
    「世界のライフスタイルを変えた男」

    1930年、静岡県の裕福な家庭の二男として誕生した大賀典雄は、幼い頃から音楽に囲まれて育つ。中学3年で終戦を迎え、声楽家になるため東京芸大音楽学部に進学。1950年、ソニーの前進会社が製作したテープレコーダーの問題点を指摘したことで、ソニー創業者・井深大と盛田昭夫に出会う。二人に見込まれた大賀は、1959年、ソニーに入社。声楽家と会社員の二足のわらじを履くも、多忙のため声楽家を断念することに。1968年、CBSソニーレコードが誕生。1970年、社長に就任し、音楽事業を軌道に乗せる。46歳でソニーの副社長となり、海外の電機メーカーとコンパクトディスクの開発を開始。1982年、大賀がこだわった記録時間74分のCDが発売される。CDは大ヒットを記録し、大賀は音楽を聴く新たなスタイルを確立すると共に、ソフト(中身)とハード(装置)の両面で世界を席巻する。

  • 後編(4月12日放送)
    「世界のライフスタイルを変えた男」

    1982年、52歳でソニーの社長に就任した大賀だったが、ソニーの「ベータ方式」と日本ビクターの「VHS」の家庭用ビデオの規格争いが勃発。家電販売に絶大な影響力を持っていた松下電器産業・松下幸之助は、軽くて録画時間の長いVHSを選択する。これにより大きな挫折を味わった大賀は、敗因は映像ソフト(中身)がなかったことだと気づき、周囲の反対を押し切りアメリカの映画会社を買収。この読みは当たり、600億を超える営業利益を生み出す。さらに大賀はゲーム産業にも参入。オリジナルのグリップ型コントローラーを生み出し、1994年プレイステーション®が誕生する。売り上げは、わずか8年で1兆円に。大賀は、社長に就任した13年間で売上高を1兆円から4兆円に伸ばす。新たなライフスタイルを確立し続け、ソニーを世界ブランドに押し上げるも、65歳で会長職を退く。