鬼塚喜八郎(元アシックス社長)

鬼塚喜八郎(元アシックス社長)
スポーツを通じ、「日本の非行化する青年を健全に育てること」を目的にスポーツシューズ作りを開始。 「周囲を幸せにしてこそ初めて自分も幸せになれる」という経営理念のもと、アシックスの礎を築いた鬼塚喜八郎。 自社の利益のためだけではなく、日本の未来のために、そして国民の幸せのためにビジネスを考え成功した、 本物の経営者の精神を今に伝えます。
  • 11月13日放送
    「スポーツで全ての人を幸せに(前篇)」

    1918年、鳥取市の農家の家に生まれた鬼塚は戦後、ヤミ商売をしている会社で働くが、 仕事に嫌気が差し退職。闇市にたむろしている若者たちを見て、 鬼塚はスポーツを通じて子供たちを正しい道に導きたいと思い、1 949年、アシックスの前身「鬼塚株式会社」を設立。 スポーツシューズの開発を始める。 会社の第1号製品としてバスケットボールシューズに取り組み、試行錯誤の末、 今までにないバスケットボールシューズを完成させる。 さらに鬼塚は、マラソンで日本人選手が活躍すれば、子どもたちはスポーツへの憧れと 夢を抱くのではないかと思い、マラソンシューズを開発。 そのシューズを履いた君原健二は、1968年のメキシコ五輪で銀メダルを獲得。 日本のマラソン人気に火をつける。 大きな大会で、鬼塚のシューズを履く選手が増え、「スポーツを通じて若者たちを育てる」という鬼塚の夢は、 日本だけではなく、世界へと広がっていく。

  • 11月20日放送
    「スポーツで全ての人を幸せに(後篇)」

    鬼塚株式会社をスポーツシューズの分野で日本一にした鬼塚は、裸足のランナーとして有名なアベベに専用のシューズを作成。 「アベベが靴を履いた」というニュースは、スポーツ界に衝撃をもたらす。 その後、鬼塚は、スポーツウエア、ニットウエアを扱う会社と1977年に合併。 鬼塚が「日本の非行化する青年を健全に育てること」を目的に創業した際に、礎とした格言、 『健全なる精神は健全なる身体に宿る』のルーツであるラテン語の頭文字をとって会社名を「ASICS(アシックス)」とし、社長に就任する。 そして、鬼塚の理念は現在も息づいており、アシックスはパキスタンでの震災の際、防寒ウェア7000着を提供。 アベベとの親交がきっかけで始まったエチオピアにおける栄養支援など、世界の人々、子供たちの幸せのために援助を続けている。 また、アシックスは、スポーツ事業で培った知見を活かした独自の運動プログラムを行う介護施設を開業。 スポーツ用品の開発だけではなく、様々なアプローチで、スポーツを通じ人々の幸福を追求している。