青木功(プロゴルファー)

青木功(プロゴルファー)
プロ生活50周年を迎えたプロゴルファー・青木功。71歳となった今でも現役に強いこだわりを持っている。22歳でプロデビューし、国内では歴代2位の57勝を記録、アメリカツアーでも日本人初優勝を飾るなど、日本ゴルフ界を牽引してきたパイオニアだ。さらにその功績が認められ、2004年には日本男子では初のゴルフ世界殿堂入り、2008年にはプロゴルファーとしては史上初の紫綬褒章を受章するなど、輝かしいプロゴルファー人生を歩んできた。ところが、その道のりは険しく、挫折に苦しんできたのだった。そんな青木功の人生を4週にわたって紐解く。
  • 第1話(1月9日放送)
    「世界のアオキ 挫折続きの青春時代」

    青木功は1942年千葉県・我孫子市の農家に4人兄弟の末っ子として生まれる。プロ野球選手を夢見ていた青木は中学に進学すると野球部に入部。抑えのピッチャーを任せられ、チームの要として活躍する。中学最後の試合、あと1勝すれば県大会に出場できる大事な試合でリリーフとしてマウンドに立ったが、結果はサヨナラ負け。あまりの悔しさに青木は野球をやめてしまう。野球をやめて時間を持て余した青木は近所のゴルフ倶楽部でアルバイトを始め、そこでゴルフの面白さと奥深さに触れる。中学校卒業後に本格的にゴルフに取り組もうと「東京都民ゴルフ場」に就職。キャディーとして働きながら、研修生として林由郎に師事する。他の研修生とともに切磋琢磨し実力をつけた青木は真剣にプロを目指すことを決意。そして20歳の時、青木はプロテストに挑戦するが、わずか一打差で不合格になってしまう。

  • 第2話(1月16日放送)
    「プロの洗礼…どん底の日々」

    初めてのプロテストにわずか1打差で落ちてしまった青木は、22歳の時に2度目のプロテストに挑戦し、見事合格。プロゴルファー人生がスタートする。しかし青木はプロになった安心感から遊び歩いてしまい、その結果、練習がおろそかになり予選落ちの連続。自分の才能に疑問を抱き、当時ブームだったプロボウラーに転向しようかと思い詰める。そんな中、プロボクサーの厳しいトレーニングを見て触発された青木は、徹底的な肉体改造に打ち込む。そしてこの特訓をきっかけに青木のゴルフは大きく変わることになる。1年後、青木は関東プロゴルフ選手権に出場。初日から絶好調の青木はプロ7年目で初優勝を飾る。その後少しずつ勝利を重ねていく青木の前に強敵・尾崎将司が現れる。

  • 第3話(1月23日放送)

    プロ7年目の29歳で初優勝し、トッププロへの階段を昇り始めた青木。ライバル・尾崎将司としのぎを削り日本でトッププロの座を不動のものにする。そして1974年、青木は本格的に海外ツアーに参戦。マスターズに初出場するが、予選落ちしてしまう。2年後には再びマスターズに挑戦するが、28位と振るわず、同年の全英オープンには予選落ち。海外での試合で結果が出せない中、1978年に「世界マッチプレー選手権」に出場する。当時、交際していた現夫人・チエさんの支えもあり、2年前のマスターズを制したレイモンド・フロイドらを破り海外ツアー初優勝を飾る。そして次の目標をアメリカツアーでの優勝に定めた青木は1980年に全米オープンに出場。そんな青木の前に、ゴルフ界の「帝王」ジャック・ニクラウスが立ちはだかる。

  • 最終話(1月30日放送)
    「家族と掴んだ栄光」

    世界マッチゴルフ選手権で優勝するなど、ゴルファーとしてピークを迎えつつあった青木は、1980年に全米オープンに挑戦。ゴルフ界の「帝王」ジャック・ニクラウスとゴルフ史に残る死闘を繰り広げる。大会初日、首位ニクラウスに5打差の9位と力の差を見せつけられる。しかし2日目以降、徐々に差をつめ、3日目にはニクラウスと同スコアで首位に立つ。そして迎えた最終日。最終ホールまで青木は首位ニクラウスに2打差の2位と大接戦となるが、ニクラウスが差を守りきり優勝。青木は惜しくも2位で大会を終える。しかしこの死闘で青木の名は世界各国で知られるようになり、世界のトッププロの仲間入りを果たすこととなる。また同年、青木はかねてより交際していたチエさんと再婚。公私ともに順調に見えた青木だが、チエさんの当時10歳になる娘のジョエンさんとの関係に悩み、ゴルフの成績も落ち始めてしまう。

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