稲葉善治(ファナック会長)

稲盛和夫
1948年、ファナックの創業者である父・稲葉清右衛門の長男として生まれる。清右衛門は富士通で日本初のNC装置の開発を担当し、分離・独立後はファナックをFA・産業用ロボットの世界トップメーカーに育て上げた。稲葉は東工大を卒業後、いすゞ自動車で研鑽を積み35歳で父が経営するファナックに入社。当時ファナックは富士山麓に広大な敷地を構え職住接近の環境を作り上げていた。稲葉は2003年に5代目社長に就任するものの、しばらくは会長の清右衛門が経営の舵取りをしていた。絶対的なワンマン体制は確かに会社のスピーディな発展をもたらしたが、いっぽうでリーマンショックや東日本大震災を経験して、ひとりの経営者が巨大企業の経営をコントロールする難しさが浮き彫りになってきたという。稲葉は2013年父の引退を機にワンマン体制から脱却、経営を大幅に変革して自由闊達な議論を社内に生む土壌を作り上げ、ファナックを更に飛躍させることに成功した。社員たちとの直のふれあいや、音楽活動というユニークな側面を通して、社風を変えて独自の経営を貫いてきた稲葉の人生を振り返る。