鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO)

鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO)
2002年、日本人物理学者としては29年ぶりにノーベル物理学賞を受賞した物理学者・小柴昌俊。今から26年前(1987年)、岐阜県神岡、鉱山の地下に建設された実験施設・カミオカンデで、それまでどんな物理学者も確認できなかった素粒子・ニュートリノを検出することに成功した。その成果が評価され、ノーベル物理学賞を受賞したのだ。そんな偉大なる物理学者、小柴昌俊の原点はどこにあるのか?
  • 第1話(6月27日放送)
    「逆境からの挑戦」

    1926年、小柴は愛知県豊橋市に生まれる。1歳の頃東京・西大久保に引っ越すが、3歳で実の母を亡くし、寂しさから勉強に打ち込むようになる。中学に進学し、学業も優秀だった小柴は、陸軍幼年学校を目指すがその試験の直前、小児マヒを発症、長い療養生活を強いられることに。しかしその入院中に小柴はある1冊の本に出合う。中学の先生が持ってきてくれた、アインシュタインの「物理学はいかに創られたか」。この本で小柴は物理学に興味を持ち始める。陸軍幼年学校への進学は断念し、1年遅れで第一高等学校に入学。しかし、軍の士官だったため公職追放となった父に代わり、家計を支えなければならなくなった小柴はアルバイト漬けの日々に。そのため、成績は下がる一方だったが、猛勉強の末、何とか東京大学理学部物理学科へ進学する。その後、成績が悪く就職の当てが無かったため大学院へ進んだが、小柴には更なる苦難が待っていた。

  • 第2話(7月4日放送)
    「孤独な闘い」

    東京大学物理学科を卒業した小柴昌俊は大学院へ進学。そこで出会ったのが、素粒子を研究する「実験物理」という世界だった。そして世界最先端の素粒子研究に関わりたいと、ニューヨークのロチェスター大学大学院に留学、たった独りの生活が始まった。大学院生には生活費が支給されたが、博士号を取ればさらに多くの生活費がもらえると聞き、猛勉強の末、博士号を取得する。さらにシカゴ大学へと移り研究を続ける。そこで記した宇宙線の起源に関する論文が日本で高く評価され、帰国。32歳の若さで東京大学原子核研究所の助教授に就任するが、わずか1年後に再び渡米、アメリカ海軍宇宙局が巨額の予算を出す国際的なビックプロジェクトに参加することに。ところがそのプロジェクトリーダーだった教授が急逝、小柴がその後継に指名される。小柴のこれまでに経験したことのない苦闘が始まる。

  • 第3話(7月11日放送)
    「不屈の精神」

    アメリカ・シカゴ大学で世界的なビッグプロジェクトのリーダーを任された小柴は、トラブルに見舞われながらもその実験は大きな注目を集め、実験物理の研究者としての地位を確立する。そして1962年、小柴は帰国し東大の原子核研究所の助教授に就任する。しかし、シカゴから持ち帰った原子核乾板をめぐり、同僚達と対立してしまう。翌年、東京大学理学部物理教室の助教授となった小柴は、研究室の学生達と「ミュー粒子」の研究を始める。そしてその観測に適した地下の実験場を求めてたどり着いたのが岐阜県の神岡鉱山だった。現地へ行くにも大変な苦労を要したが、観測は見事成功した。1978年、新たな実験のタイミングをうかがっていた小柴に、高エネルギー物理学研究所の菅原寛孝教授から陽子崩壊の実験が依頼された。その実験施設として作られたのが「カミオカンデ」。なかなか成果があがらない小柴は、なんと途中で方向転換。そして思わぬ偉大な発見が生まれることになる。

  • 最終話(7月18日放送)
    「執念の大発見」

    1983年、東京大学で素粒子研究の第一人者となった小柴は、岐阜県の神岡鉱山に建てた「カミオカンデ」で陽子の崩壊をとらえる実験を始める。巨費をかけた一大プロジェクトで、周囲の期待も大きなものだった。ところがなかなか結果が出ない。すると、小柴は全く別の研究を始めようと言い出した。その研究こそが、宇宙から飛来する素粒子「ニュートリノ」の観測。宇宙から降り注ぎ、地球でも人間でも、どんな物質でもすり抜けてしまう性質を持ち、それまで太陽系外からのニュートリノを観測した学者はいなかった。しかし、この観測には装置をより高感度に改造しなければならなかった。予算の問題や、観測の妨げになる周囲からの放射線の問題など、いくつもの問題を解決するのに、実に3年という期間を要した。そして、小柴が60歳となり、東京大学を退官し、現場の最前線から離れる時が近づいていたその年、信じられない奇跡が訪れる。大マゼラン星雲の超新星爆発により、大量のニュートリノが地球に降り注いできたのだ。小柴は自分たちの観測データの中に、ニュートリノの記録を発見、世界で初めて、太陽系外から飛来したニュートリノの観測に成功したのだった。

  •