鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO)

鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO)
1974年、日本初の本格的コンビニエンスストア「セブン-イレブン」を立ち上げた鈴木敏文。周囲の猛反対にあいながらも、今や全世界に5万店を数えるほどに成長した。その成長を支えたのは反対する周囲を説得し、難交渉もまとめてきた鈴木の交渉術だ。だがそんな鈴木にはある意外な素顔が…。鈴木が数々の交渉を成功させてきた秘訣に迫る。そして、自らが描く未来像とは?
本人のインタビューを軸に、これまでの生き様を4回に分けて放送する。
  • 第1話(5月30日放送)
    「原点は常識打破」

    1932年、長野県に生まれた鈴木は、極度の“あがり性”が原因で旧制中学受験に失敗。そんな欠点を克服しようと、その後進んだ農学校で弁論部に入部、さらに政治家を目指して進学した中央大学では自治会のトップである書記長に就任、学生運動の矢面に立たされる。その後東京出版販売(現・トーハン)に就職するが、とあるきっかけでヨーカ堂に転職することに。そんな鈴木はある時、スーパーの視察で訪れたアメリカ・カリフォルニアで道路脇の小さな店に立ち寄る。これが鈴木の人生を大きく変える「セブン-イレブン」との出会いだった。

  • 第2話(6月6日放送)
    「顧客の心理を読め」

    大型スーパーが商店街を衰退させていく中、コンビニという小型店が成り立つわけがないと、周囲の猛反対にあっていた鈴木。しかし、顧客のニーズに合った商売をすれば、コンビニは大型店と共存できるという信念を持っていた鈴木は、周囲の反対を押し切り、セブン-イレブンを展開するアメリカのサウスランド社と提携、1973年、セブン-イレブン・ジャパンの前身となるヨークセブンが誕生した。そして翌1974年、第1号店となる豊洲店をフランチャイズでオープン。2年後には店舗数が100店に達し、設立から6年弱で東証2部に上場を果たした。一躍、流通業界の寵児となった鈴木だったが、そのころ、親会社だったイトーヨーカ堂には激震が走っていた。

  • 第3話(6月13日放送)
    「本丸・大改革」

    セブン-イレブンは順調に業績を伸ばしていたが、親会社のイトーヨーカ堂は創業以来初の減益に陥っていた。原因は「時代についていけていなかった」こと。そこで、鈴木は業務改革に取り組む。アメリカで普及が始まったばかりのPOSシステムを導入し、単品管理を徹底、さらに商品の味までも数値化して分析した。鈴木はここでも現場からの猛反対にあうが、データを示しその重要性を訴え続けた。すると徐々に成果が現れ、1981年から1991年で利益率は倍増、鈴木の正しさが証明されたのだ。

  • 最終話(6月20日放送)
    「ハリケーン・スズキの挑戦」

    1990年、今度はアメリカの本社、サウスランド社が経営の危機に。そこで鈴木が本社の再建に乗り出した。ここでも単品管理を徹底し、3年目には黒字に転換することに成功した。そして1992年にはイトーヨーカ堂社長に就任。それまで展開していたコンビニ、スーパー、レストランに、銀行も加え、2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立、現在では売り上げ9兆円を超える超巨大グループに成長した。いま、鈴木会長が見据える流通の未来とは?そして、自らの未来の姿とは…?