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ニュース報道の心

2017年4月28日(金)「GINZA SIX」 百貨店改革の集大成 山川龍雄

4月20日に東京・銀座にオープンした大型商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」。私も開業当日に、見学に行ってきました。店内に足を踏み入れると、2階から5階までが吹き抜けで、草間彌生氏の作品である、カボチャのバルーンがシャンデリアのように吊り下げられているのが、目に飛び込んできます。

「GINZA SIX」百貨店改革の集大成「GINZA SIX」百貨店改革の集大成


 世界を代表するラグジュアリーブランドのほか、書店や飲食店も含めて241店が出店。そのうち半数以上が旗艦店の位置づけだそうです。全体にアートを感じさせる空間で、オシャレをしたお客さんが目立ちました。6階にある「蔦屋書店」はスターバックスが併設されており、銀座の新たな待ち合わせスポットになりそうな予感がします。


 ギンザシックスは松坂屋銀座店の跡地を中心に開発。運営主体には、大丸松坂屋百貨店を傘下に持つJ・フロントリテイリングが名を連ねています。にもかかわらず、百貨店らしさをあまり感じさせません。


 店舗を歩いていて、5年ほど前、当時Jフロントの最高経営責任者(CEO)だった奥田務さんをインタビューしたことを思い出しました。奥田さんは当時、次のように語っていました。


 「大丸と松坂屋が合併する時、新しい会社名として、2つの案が出ました。『大丸松坂屋グループ』と『J・フロントリテイリング』です。その時、僕は文句なしに後者を推した。我々が百貨店であることは確かです。ただ、今後何十年か先を見据えると、百貨店は確実に成長が止まる。「大丸松坂屋グループ」という社名では、株主も従業員も百貨店の発想から出られなくなるでしょう。百貨店を核にウイングを広げるためにも、僕は当初から『J・フロントリテイリング』という社名にすべきだと考えていました」


 「大丸は300年の歴史の中で、過去に5、6回、経営危機に陥ったことがあります。その中でも特に深刻だったのは明治40年代の危機です。当時の経営者はその時、呉服屋から百貨店に切り替える戦略を取った。当時、世の中には呉服屋が五万とあったわけです。けれども今残っているのは、我々と三越さん、伊勢丹さん、高島屋さんくらいでしょう。呉服屋であることに拘泥したところは、ほとんど消えてしまった。同じように、今の我々もお客様と共に変わらなくてはならない。永遠に変わり続けなければ、生き残れないと思っています」


 ギンザシックスは、そんな奥田さんが取り組んできた改革の集大成のような気がしました。脱百貨店と呼ぶべきか、新百貨店と呼ぶべきか。そんなことは大して重要ではないのかもしれません。そもそも百貨店の名前の由来は、「数多くの商品を品ぞろえしている店」。その意味では、ギンザシックスも百貨店であることに変わりはありません。


 変わったのは運営方法でしょう。一言で言えば、商売はテナントに任せ、自らは空間を提供する側に回るということです。これまでの百貨店は、自らが企画し、商品を調達することにこだわりを持っていました。ただ今さら、百貨店がスーパーブランドや「ユニクロ」を追いかけても勝目が薄いのが現実です。


 一方で、立地は文句なしにいいところにあります。インバウンド需要も期待できます。であれば、百貨店はインフラ業に徹し、売れ行きに応じてテナントを入れ替えていく。それがJフロントのたどり着いた1つの解なのでしょう。ギンザシックスからは、そんな良い意味での開き直りを感じました。


日経プラス10キャスター
山川龍雄


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