ソーシャルメディア
公式アカウント

    テレビ東京
    オンデマンドパートナーズ

      はじめに

      戦争と向き合った波瀾万丈の歌人生と貴重歌唱映像、
      本人が残す貴重録音を交えてヒット 19 曲をお届けします。

      今年も終戦記念日がやって来る。いまや世界の先進国になった日本だが風化させてはいけない悲しみや苦難の日々があった。戦前戦後を通じ多くのヒット曲を出し、昭和歌謡を支えた渡辺はま子は戦争に翻弄されながらも歌で人々を励まし続けた。母方の祖父はアメリカ人。音楽大学で声楽を学び卒業後は高校の音楽教師に。やがて流行歌の歌手へ。昭和9年初のヒットはハンセン病をテーマしたラジオドラマの主題歌「ひとり静」。その縁で療養施設への慰問コンサートを始める。昭和11年のヒット曲「忘れちゃいやヨ」は、歌唱方法が不適切と当局からとがめられ発売禁止に。やがて戦時歌謡「愛国の花」が大ヒット。戦地慰問活動にも積極的に行い、歌声を兵士たちに届けた。終戦は慰問先の中国大陸で迎えた。すぐに帰国が可能だったが日本兵捕虜と現地に留まり歌で彼らを支えた。戦後は美貌美声で活躍するが常に胸にあったのは国威発揚の一翼を担った贖罪の思い。福祉や社会貢献活動を続ける中、フィリピンで捕虜となっていた日本兵が作った歌「あゝモンテンルパの夜は更けて」の存在を知ると自らレコーディング。救出運動を越し、108名の命を救った。 テレビ東京には渡辺はま子が出演した「人に歴史あり」や「にっぽんの歌」などの貴重映像が数多く残されています。今回、渡辺はま子の歌人生を通して戦争の愚かさ、平和の尊さ、歌のすばらしさを紹介して行きます。

      ※渡辺はま子 1910年(明治43年)10月27日生 - 1999年(平成11年)12月31日没、89歳。

      昭和歌謡 渡辺はま子波乱の歌人生
      昭和歌謡 渡辺はま子波乱の歌人生

      番組内容

      生い立ちと歌との出会い
      渡辺はま子は明治43年(1910年)10月27日、横浜市で女子師範学校の英語教師、渡辺近蔵(ちかぞう)、とマリ夫婦の次女として生まれた。

      歌手デビュー
      武蔵野音楽学校卒業後は横浜高等女学校で音楽教師となったが、やがてビクターの専属 歌手としてデビュー。昭和11年、「忘れちゃいやヨ」がヒットするが内務省から不適切だと指摘され発売禁止に。

      「愛国の花」ヒット
      昭和13年、皮肉にも流行歌の浄化を強いられた戦時歌謡の「愛国の花」が大ヒット。 “渡辺はま子”の名は全国区となった。

      “チャイナ・メロディの女王”
      「支那の夜」を発表すると中国大陸の日本兵の間で歌われ日本でも大ヒット。同名の映画「支那の夜」が作られ、劇中歌「蘇州夜曲」もはま子の代表的な一曲となった。

      “108名の元日本兵捕虜の命を救った「あゝモンテンルパの夜は更けて」”
      昭和27年、来日中のフィリピン国会議員からフィリピンのモンテンルパの刑務所に元日本兵が100名以上収容されていることを聞き、救出活動を開始。死刑囚が作詞作曲した「あゝモンテンルパの夜は更けて」を自らレコーディング。その歌は、フィリピンの大統領の心を動かし、元日本兵たちは帰国が許された。

      昭和歌謡 渡辺はま子波乱の歌人生
      昭和歌謡 渡辺はま子波乱の歌人生

      紹介予定曲

      ♪桑港のチャイナタウン ♪忘れちゃいやョ ♪最上川小唄 ♪浜辺の歌/渡辺はま子・藤山一郎 ♪海鳴る空 ♪ブンガワンソロ ♪愛国の花 ♪愛馬花嫁 ♪支那の夜 ♪広東ブルース ♪いとしあの星 ♪蘇州夜曲 ♪何日君再来 ♪明日の運命 ♪雨のオランダ坂 ♪中国地方の子守唄 ♪夜来香 ♪ひとり静 ♪あゝモンテンルパの夜は更けて

      プロデューサーコメント

      統括プロデューサー・橋本かおり(BSテレ東 制作局)
      蘇州夜曲や支那の夜などでヒット曲を飛ばした 渡辺はま子さんは戦時下も慰問活動を続けた。 また、戦後の社会奉仕活動の中、フィリピンにまだ、元日本兵で 刑務所に収監されている人々がいると聞き、交流の末 「あゝモンテンルパの夜は更けて」をヒットさせ 釈放にまでこぎつけた。歌で人々を励まし、行動をおこした 熱い魂の人である。 今回は そんな彼女の足跡と秘蔵歌唱映像、本人が残す秘蔵録音を 交えて全19のヒット曲をお届けします。熱い人生をご堪能ください。

      番組公式Twitter

      ソーシャルメディア
      公式アカウント

        ジャンル

          おすすめの関連番組

          あなたにおすすめの番組