《 第18回 》 恵林寺 山梨県

山梨県甲州市の恵林寺は、甲斐の国の英雄、戦国武将の武田信玄の菩提寺として知られています。寺は、信玄から遡ること200余年の1330年に、臨済宗の僧侶・夢窓疎石(むそうそせき)によって創建されました。そして、自然を深く愛した夢窓疎石は、作庭に関してもその感性を十分に発揮し、数々の壮大な名園を作り上げました。

京都の名園、通称苔寺と呼ばれる西芳寺の庭園や、天龍寺の庭園も疎石の作です。疎石は、この恵林寺の限られた空間の中に、人工的に山や滝をつくり、豊かな自然を表現することに成功しました。石組みによって構成される上段の枯山水と、池を中心とする下段の池泉回遊式庭園の二段構えのハーモニーによって華やかに作庭されているのが大きな特徴です。

信玄の菩提寺となって以降大いに栄えた恵林寺ですが、1582年天目山の戦いの武田氏滅亡の際、織田信長の軍勢の焼き討ちに合い、寺院のほとんどを焼失してしまいました。
当時の住職・快川紹喜(かいせんじょうき)は、燃え盛る楼上で、「安禅必ずしも山水を須いず、心頭滅却すれば火も自ら涼し」という言葉を残し、100人以上の僧侶とともに壮絶な最期を遂げました。
その後、寺は徳川家康によって再建され現在に至ります。しかし、疎石がこの庭園に込めた禅の心は今もこの庭園に生き続けているのです。