《 第10回 》 毛越寺 岩手県

今からおよそ850年前の平安後期、藤原氏により奥州・平泉の地に雅やかな一大都市が築かれました。
初代・清衡は、それに至るまで激しい戦乱を経験し、父や妻子を失いました。彼は、それら多くの魂を鎮めるため、中尊寺を建立し、更に平和を願い浄土式庭園を造ることを目指します。
その願いを受け継ぎ、2代目・基衡が庭園造りに着手、3代目・秀衡によって平安時代の作庭様式を残す毛越寺の庭園が完成しました。

その後、二度の火災で全て焼失し、昭和に入ってようやく発掘調査が行われ、庭園のみ往時の姿が復元されました。
日本最古の庭園書「作庭記」に則って造られた庭園のまわりには、当時、仁王像が立つ南大門、薬師如来を本尊とする金堂、鐘楼、経楼などの建物があったようです。中央の大泉ヶ池は海を模して造られ、極楽浄土へ架けられた橋・・・。

約100年、4代で滅ぼされてしまった奥州藤原氏の、平和を願う想いが、この庭園には息づいているのです。