《 第9回 》 御薬園 福島県

福島県の会津若松市に、今から600年前、鶴ヶ清水という万病を治す霊泉が湧き出る霊験あらたかなる場所、と崇められた地がありました。
1432年、戦国大名・蘆名盛久がこの地に別荘を建てました。
戦乱を経て、初代会津藩主・保科正之が再興、そして3代藩主・松平正容によって庭園が造られました。
庭園は全体が一望できる御茶屋御殿と呼ばれる藩主のお成り部屋と、心字の池を中心とした、池泉回遊式大名庭園という形をしており、庭園の4分の1を薬草園が占めています。庭園内で領民を病から救う目的で始められた260種もの薬草栽培。その中の朝鮮人参は、中国への輸出品として藩の財政を潤し、大地震や大洪水が相次いで起こった藩の危機を救うことにもなりました。

幕末、戊辰戦争の際は、会津兵を追い込む立場となった西軍の治療所として占拠され、皮肉な形で戦火を逃れることになりました。一時は新政府に没収されながら、戊辰戦争で打ちひしがれた会津の心の拠り所として、地元の人々によって買い戻され、最後の藩主となった松平容保の住居となりました。時代にかき乱された容保の心は、この庭園の景色によって救われたかもしれません。
御薬園は、会津藩の歴史とともにあり、会津藩の原動力となった癒しの庭園なのです。