《 第4回 》 六義園 東京都

六義園は、江戸中期、5代将軍綱吉の信頼を一身に集め側用人から老中まで上り詰めた柳沢吉保が、7年の歳月をかけ1702年に完成させた庭園です。
総面積3万坪に6000本以上の木々、ゆったりと広がる雄大な池、まるで屏風絵のような、これぞ日本庭園といえる佇まいです。園内は『回遊式築山泉水』という様式になっており、大きな池に沿った園路を歩きながら、移り変わる景色を楽しめるように造られていて、池を半周回った辺りのちょうど疲れた時に、吹き上げ茶屋で休憩できるようになっています。

和歌に造詣が深かった吉保は、庭園内に和歌にちなんだ景勝地を88ヶ所も築きました。紀ノ川、和歌の浦、妹背山、藤代峠など、万葉集などの歌の風景を再現したのです。また、大名として切実に子孫繁栄を願った一対の陰陽石なども見られます。綱吉の死後、多忙だった吉保は政界を引退し、この六義園でたった5年の隠居生活を送り他界します。

明治以降、三菱財閥の岩崎弥太郎の別邸となり、岩崎家の絶妙なアクセントが加えられた六義園ですが、幕府の重臣に上り詰めた吉保が、好きな和歌の世界にひたりゆったりと暮らす願いを込めた庭園だったのかもしれません。吉保を癒した庭園は、今も多くの人に安らぎを与え続けているのです。