昭和歌謡の偉人たち~初めての挑戦~【美空ひばり】
番組からのお知らせ
番組内容
“昭和の歌姫”美空ひばりは挑戦者!
はじめての座長公演!&日本人初の東京ドーム公演!
(新宿コマ座長公演)
昭和39年、ひばりは新宿コマ劇場で、これまで誰もしたことがなかった芝居と歌の二部構成による座長公演を開催。芝居は愛を捨て芸に生きる女性を描いた「おんなの花道」。当時、ひばりは小林旭との結婚生活が破綻。
こうしたこともあり、芝居をひばりの決意宣言と受け止めたファンで、客席は連日超満員。千秋楽の前日、終演後に、ひばりは小林旭との離婚を発表した。また、歌のステージはヒット曲を中心に聴かせる「歌声はひばりと共に」。この公演の成功で、ひばりは連続23年、新宿コマ公演の記録を樹立。再び黄金期を築きあげ、劇場の舞台と芸の幅を広げ、舞台女優としての地位も確立した。
(東京ドーム公演)
昭和62年4月、病に倒れ、失意のなかで入院生活を送る中、ひばりの元に、ある公演の依頼が届いた。それは翌年竣工する全天候型スタジアム、東京ドームのこけら落としのコンサートの依頼であった。暗闇のどん底でもがき苦しむひばりにとって、希望の光のように感じられた。しかし、いつ治るかも分からない状態にスタッフは反対したが、
ひばりは「初めて」「一番」が好きだった。「東京ドームでのこけら落しコンサートを復活のキッカケにしたい」。目標が出来、懸命のリハビリを経て入院から約3か月後に退院。東京ドーム公演に向けて準備を開始。決意を新たにした。そして、昭和63年4月11日、5万5000人の観客が見つめる中、ひばりが登場。タイトルは「不死鳥コンサート」。
全40曲を熱唱。フィナーレは自ら望んで作った100メートルの花道を歩き、「私はこんなに元気よ」と復活をアピール、ビッグイベントを締めくくった。その後もコンサート活動を続けたが天皇崩御で元号が変わった平成元年6月24日、52歳の人生に幕を降ろした。
政府は、その功績に対し、女性として初の国民栄誉賞を授与した。
紹介楽曲
♪愛燦燦 ♪車屋さん ♪花笠道中
♪悲しき口笛 ♪リンゴ追分
♪芸道一代 ♪あの丘越えて
♪お祭りマンボ ♪港町十三番地 ♪柔 ♪みだれ髪 ♪真赤な太陽
♪おまえに惚れた ♪終りなき旅
♪人生一路 ♪川の流れのように