田原総一朗の仰天歴史塾 ~ニッポンリーダー列伝~

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第7話 7月28日土曜日経済大国の罠

1973年、昭和48年世界中を日本を危機が襲う。第4次中東戦争だ。 石油の値段が高騰、オイルショックだ。
吉田茂 岸信介等の下で戦後復興を成し遂げ、1955年以降、日本は驚異的なスピードで高度経済成長を遂げていく。
しかし生活も豊かになった日本に冷や水を浴びせたのがオイルショックだった。

角栄が言った「一日生活圏、一日経済圏、一日交通圏」の意味とは?
角栄の時代には生まれていないスタジオの学生たち、ゴリの反応が興味深い。今や決められない政治ばかり、好きか嫌いか、果ては現代のリーダー論まで話は尽きない。
またロッキード事件を独自に取材し、幾冊かの本を出している田原総一朗は自信を持って「ロッキード事件」は冤罪だという。その根拠とは?オイルショックの影響を受け田中角栄はソ連をはじめ資源外交に向かう。
その時、同盟国アメリカはどう考えたのか?

田中角栄の後、小さな派閥で田中派の協力を仰ぎ首相に上りつめた中曽根康弘。
なぜ政界風見鶏と言われたのか?経済優先から外交、防衛面で現状打開を図ろうとした理由とその時代とは?アメリカと蜜月時代を作りだした中曽根康弘の狙いとは?
「日本列島は不沈空母」発言が物議を呼ぶがその知られざる事実とは?

1993年政界引退後、田中角栄は世を去る。
田中角栄が描いた列島改造という設計図は日本に何をもたらしたのだろうか?そして東日本大震災、原発危機は今も続き、多くの人々が命を失い家を無くし、故郷に帰れない日々を過ごしている。
日本の未来の為新たな処方箋が必要とされている。
今こそ新たなリーダーが求められている。