「猫定」(2008/3/13)
あるバクチ打ちは親が魚屋だったので「魚屋の定吉」といわれている。ある日、馴染みの居酒屋で殺されようとしている一匹の黒の子猫を助けて家へ連れて帰る。その猫を「チビクロ」と名付けた。
定吉が面白半分にチビクロにサイコロバクチの仕方を教えてみると、伏せた壷の中のサイコロの目を鳴きわけるのだ。「ニャー、ニャー」が偶数の「丁」、「ニャー」が奇数の「半」。
「チビクロはこの俺に恩返しのつもりなのだろう」と悟った定吉は、チビクロを懐へ入れて賭場へ行った。さり気なくチビクロは「ニャー、ニャー」、「ニャー」と鳴き定吉は確実に儲かった。連日、間違いなく儲かったので羽振りもよくなる。「魚屋の定吉」から「猫の定さん」「猫定親分」と言われるようになった。
ある年、定吉は二ヶ月ばかり地方へ旅することになった。しかし、その間に女房のお滝は新吉という若い男と浮気をしてしまった。そして、二人は旅から帰ったばかりの定吉を亡き者にする相談をする。定吉は今夜は愛宕下の薮加藤で開かれる賭場へ。ところが、この夜に限ってチビクロが鳴かない。博打も負けが続くので、早めに切り上げて、降りだした雨の中、賭場で借りた傘を差して采女が原(うねめがはら)を通りかかった。そのあとを尾行してきた新吉は竹槍で一突き。定吉は敢えなく絶命。定吉の懐から飛び出したチビクロは新吉の喉笛を掻き切った。
一方、家では、帰りの遅い新吉を心配しているお滝が、引き窓から飛び込んできたチビクロに喉笛を裂かれる。
翌日、運び込まれた定吉とお滝、二人の弔いとなる。「猫のチビクロが恩人の敵を討った」と評判も立ち、これがときの名奉行、根岸肥前守の耳に入った。「畜生ながら、天晴っ。忠節を尽くした猫であるッ」と、二十五両という大金を出して、両国の回向院に立派な猫塚を建立した。その場所が、また、面白い。鼠小僧の墓の隣にある。ですから、墓の下で鼠が感心をしたそうで…。「猫のくせに、チュウーッ(忠)」
五街道 雲助 (ごかいどう くもすけ)
| 本名 |
若林 恒夫 (わかばやし つねお) |
| 生年月日 |
1948年 03月 02日 |
| 出身地 |
東京本所 |
| 出囃子 |
箱根八里 |
| 紋 |
剣かたばみ、裏梅 |
| 芸歴 |
昭和43年 2月 明治大学中退後、十代目金原亭馬生に入門 前座名「駒七」
昭和47年11月 二ツ目昇進 「五街道雲助」と改名
昭和56年 真打昇進 |
| 初高座 |
1968年 08月 31日 |
| 場所 |
新宿末廣亭 |
| 演目 |
初天神 |
| 得意ネタ |
廓噺 圓朝噺 |
| 趣味 |
パソコン ビデオ鑑賞 ゼビウス |