第23回 東京裁判 
満州国と日本軍の戦犯は、共にソ連の療養院内に拘禁されていた。溥儀(ふぎ)が東京裁判の法廷に上るため日本に護送される知らせは、溥儀自身ばかりか多くの満州国関係者にとって驚きと恐怖を与えた。溥儀の出廷は、証人か、それとも戦犯か・・・。1946年8月、溥儀は東京裁判に証人として出廷した。3度の喚問中、あらゆる方法によって世界に日本の侵略を訴え、自己弁護する溥儀。その後東京からソ連に連れ戻された彼は、1950年、母国中国へ引き渡されることが決定した。だが溥儀を始めとする満州国関係者は、戦犯として受ける母国の審判に命の終わりような恐怖を感じた。 |