
自分が紫禁城を出られない理由は王室としての特別待遇を
失うことを恐れる太妃たちの保身ゆえであることを見通した
溥儀(ふぎ)は、溥傑(ふけつ)と協力して秘密裏に宮中の財宝
を運び出し、ジョンストンの助けを借りた海外留学を計画した。
だが彼らの計画は、まさに遂行せんとしたその時になって
太妃や王侯大臣たちに妨害され、溥儀は再度の脱走を図ら
せまいとする太妃らによって宮殿内の牢固な鉄柱に縛り付け
られる。だが城外で荒ぶる変革の波は、頽廃の気を帯びて
なお守旧のまま荘厳を保つ紫禁城にもついに押し寄せてきた
1924年冬、馮玉祥(フォンユーシャン)将軍は鹿鐘麟(ルージョン
リン)を派遣して、皇帝溥儀に対し宮殿の立ち退きを要求した。
皇帝という立場によって極限まで自由を制限されていた溥儀
にとって、庶民としての暮らしは願ってもないことであった。