「康熙王朝」ダイジェスト 毎週火 ひる11時30分放映

第21話〜第25話 ダイジェスト

紫雲は楊起隆のスパイだったが、康熙帝の腕の中で死んだ。呉三桂が反乱を起こし、チャハル王も謀反を起こし、康熙帝はうちひしがれ退位を願ったが、孝庄太皇后は許さなかった。部隊が組織され、周培公がそれを率い、チャハル王の反乱をつぶし、移動して呉三桂を追い詰めた。明珠は周培公の活躍を制限すべきだと提案。周培公を北京に戻すことになり、呉三桂のとどめを刺す機会は副将・図海に与えられた。5年の奮戦を経て、呉三桂は死に、康熙帝はついに三藩の乱を平定した。
康熙帝は盛京を巡幸。福建の情勢が急迫していることを知り、深く憂いた。そんな中、病気で危篤中の周培公に再会。康熙帝は、彼を左遷した理由を率直に語り、今回の巡幸の目的の一つは、モンゴル各部族を安心させると共に、台湾攻撃に周培公を重用しに来たのだと伝えた。周培公は康熙帝に姚啓聖を推薦し、10年かけて制作した「中華全図」を見せた。周培公は、ガルダンは隠れた災いだと康熙帝に伝え、この世を去った。

[TOPに戻る]