古賀政男×古関裕而×江口夜詩 昭和歌謡もうひとつのエール!作曲家ライバル物語

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      番組内容

      作曲家、古関裕而の人生を描き話題を集めた朝ドラ「エール」だがドラマでは紹介されなかった昭和歌謡のもうひとつの物語があった。昭和8年、ヒット曲が書けずコロムビアレコードから契約解除を突き付けられた古関は、ほぼ同時期の古賀政男の「スランプは誰にでもある」との猛抗議で解雇を免れた。背景には、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった作曲家・江口夜詩(えぐち・よし)の存在があった。コロムビアは不振を続ける古関の代わりに江口と専属契約を結んだのだ。江口夜詩とはどういう人物なのか。代表曲に岡晴夫の「憧れのハワイ航路」、春日八郎の「赤いランプの終列車」などあるが、海軍軍楽隊で音楽人生をスタートさせ、東京芸大でも音楽を学び、幾つもの行進曲なども作曲したスーパーエリート。だが流行歌の作曲家に転じ、一時代を築いた。その実績は歴史の中で埋没された感があるが古賀や古関に匹敵するほど輝かしいもので、とくに古賀には“強敵”“ライバル”と言わしめた。番組は、昭和歌謡の黎明期、ライバル関係にあった江口夜詩、古賀政男、古関裕而、3人の激動の音楽人生をヒット曲と共に紹介して行く。

      古賀政男×古関裕而×江口夜詩 昭和歌謡 もうひとつのエール ~作曲家ライバル物語
      古賀政男

      明治37年11月18日生~昭和53年7月25日没、73歳

      古賀政男×古関裕而×江口夜詩 昭和歌謡 もうひとつのエール ~作曲家ライバル物語
      古関裕而

      明治42年8月11日生~平成元年8月18日没、80歳

      古賀政男×古関裕而×江口夜詩 昭和歌謡 もうひとつのエール ~作曲家ライバル物語
      江口夜詩

      明治36年7月1日生~昭和53年12月8日没、75歳

      ◆古賀政男

      福岡県大川市生まれ。5歳で父が他界。兄の仕事先であった朝鮮半島に渡りマンドリンを習う。これが音楽との出会いであった。明大に進学後はマンドリン倶楽部創設に参加、作曲活動も開始。その旋律は“古賀メロディー”と謳われ時代を越えて歌い継がれている。

      紹介曲

      ♪酒は涙か溜息か ♪丘を越えて ♪影を慕いて♪誰か故郷を想わざる ♪人生の並木路 ♪湯の町エレジー♪東京五輪音頭 ♪柔 ♪ゲイシャ・ワルツ

      ◆古関裕而

      福島生まれ。幼いころから音楽好きの父親の影響を受け独学で作曲を始め、高校に進むと本格的にクラッシックの作曲を学ぶ。気品ある格式高い作風で知られるが軍歌のヒット曲が多く“軍歌の覇王”と言われた。

      紹介曲

      ♪東京オリンピック・マーチ ♪長崎の鐘 ♪とんがり帽子♪イヨマンテの夜 ♪露謍の歌 ♪暁に祈る ♪若鷲の歌♪船頭可愛や ♪高原列車は行く ♪栄冠は君に輝く

      ◆江口夜詩

      岐阜県大垣市生まれ。16歳の時、海軍軍楽隊に応募し横須賀海兵団に入団。欧州の音楽にも触れ、海軍省委託生として東京音楽学校(現在の東京芸術大学)で音楽を学ぶ。大正14年、処女作「千代田城を仰ぎて」を発表。昭和6年、海軍を退役。流行歌の作曲家に転じ、亡き妻を偲んで作曲した「忘られぬ花」が大ヒット。戦前戦後を通じて多くのヒット曲を作曲。昭和38年、パーキンソン病のため長期の闘病生活に入り、昭和53年12月死去。享年75。手掛けた曲は4000曲。長男の江口浩司は「忘れな草をあなたに」(菅原洋一)「下町の太陽」(倍賞千恵子)のヒット曲で知られる。

      紹介曲

      ♪忘られぬ花 ♪十九の春 ♪急げ幌馬車 ♪夕日は落ちて♪月月火水木金金 ♪轟沈 ♪長崎のザボン売り♪憧れのハワイ航路 ♪赤いランプの終列車

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