日本の伝統色1日本の伝統色2日本の伝統色3日本の伝統色4
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【藍】
 明治初期、来日した外国人から「ジャパン・ブルー」と賞賛された藍色。奈良時代にはその染色技法は完成されており、正倉院宝物のなかにも多数の遺品を見ることが出来る。藍の産地は徳島。暴れ川の異名を取る吉野川の氾濫を逆に利用して栽培、瀬戸内海の水運の発達で各地に運ぶことが可能になり、徳島の藍栽培は盛んになった。紺屋での製作技術と、京都の街ののれんになるまでの過程を紹介する。

【臙脂(えんじ)】
京都・祇園祭りの山鉾(やまぼこ)巡行のなかほどに、ひときわ美しい「月鉾」がある。この月鉾の絢爛豪華な様子を演出しているのは、「みおくり」と呼ばれる臙脂色の胴掛けである。鮮やかな深い赤・臙脂は、東南アジアに多く見られるラックカイガラムシ、別名臙脂虫から取る。太閤・豊臣秀吉も臙脂に魅せられた一人だ。彼のもとに外国の宮廷から贈られた絹のタピスリーを、自らの陣羽織に仕立て直したという記録が残っている。京都・高台寺には、彼の陣羽織が残されている。秀吉がなぜ、臙脂のタペスリーを陣羽織にしたのか、高台寺の人に聞く。

【柿渋(かきしぶ)】
 京都府木津町では、丈夫で防水性に優れた染料「柿渋」が今も行われている。染物が盛んで、着物といえば友禅といわれる京都では、柿渋は多く消費されている。日本の染物を一気に変えた革命的な技法であった友禅は、紙と柿渋で作った型紙を使っている。防水性があり防虫効果の高い柿渋は、何十年、何百年という保存に耐えることができる。伝統的な文様を校正に伝えるには絶好の染料なのである。三重県鈴鹿市で行われている伊勢型紙作りを紹介する。
  
【緑青(ろくしょう)】
 7〜8世紀にかけて描かれたといわれる奈良県・高松塚古墳の壁画には、孔雀石を砕いてつくった緑青が使われている。この緑青の緑(青)と朱または紅の赤い色は捕捉の関係にあり、日本画の世界でも非常に効果をあげてきた。奈良に在住する日本画家を訪れ、緑青の色の持つ意味を探る。

【朱】
 古来、日本にいる八百万(やおよろず)の神々が宿る聖なる火。それが黄色がかった鮮やかな赤、すなわち朱の色である。千個もの燈篭と朱色の柱が目立つ奈良県・春日大社は、かつて20年ごとに建て替えていたが、今は必要なときだけ、部分的に修復をしている。現在、春日大社若宮で、柱の朱色の塗装を施している。なぜ、朱の塗料を使うのか?それには、国家と宗教が強く結びついた時代に、力の象徴として目立たせる必要があった、といわれている。朱という色を神々に見たてて、身近なものにした時代に思いをはせる。

【墨】
 日本の墨の一大産地は、奈良。中国で発明された墨は、仏教が日本にもたらされるとともに、写経という仏教のおびただしい教えを記すために欠くことのできないものになった。当初は輸入に頼っていた墨は、需要に追いつけず、日本で製造するようになったと考えられている。奈良墨の老舗「古梅園」で、10月後半から行われる墨づくりを紹介する。

【刈安(かりやす)】
 深山幽谷の世界が谷間に広がる東京都・奥多摩の御岳神社。ここには、鎌倉幕府の七代将軍が蒙古軍の撃退を祈願して奉納したと伝えられている「紫裾濃大鎧」がある。この裾濃(すすご)には、刈安の黄色が置かれている。刈安は中国古来のススキに似たイネ科植物で、刈り取りがしやすかったので、この名がついたという。滋賀県に根付く「近江刈安」を紹介する。

【胡粉(ごふん)】
 10月8日と9日、鎌倉に大勢の人が集まる。お目当ては、鎌倉宮の境内で行われる薪能。古都・鎌倉の秋を彩どる風物詩である。裏では、観世、喜多、金春、各流派の能役者が舞台に備えている。彼らが使用する能面には、牡蠣の貝殻を焼き、それを細かく砕いた胡粉という白色の顔料が使われている。能面師に胡粉の魅力を聞く。

【瑠璃】
 鎌倉・材木座海岸。その沖合いの小さな島・和賀江島は、鎌倉時代に作られた人工の島である。島に今も残る玉石は、わざわざ伊豆の海岸や相模川の上流から運ばれてきたもの。現在も嵐のあとには、鎌倉時代に使われていた陶磁器の破片が見つかるという。そこには、透き通った神秘的な濃い青「瑠璃」色がある。13世紀、鎌倉時代に中国から禅宗が伝わり、幕府は建長寺や円覚寺など5つの禅寺を鎌倉に建立した。そして中国へと盛んに留学生を送り、文物を持ち帰った。持ち帰ったもののひとつに、いまでいう天目茶碗がある。天目はその後、茶道具として一世を風靡。そして、天目の中でも最も価値のある天目に至上の瑠璃色を見ることができる。大阪・藤田美術館にある「曜変天目茶碗」を紹介する。

【梔子(くちなし)】
 京都の老舗和菓子屋「末富」。ここの亭主は、お茶会の一週間前には必ず出掛ける。季節と色彩を熟慮した、お茶会に出す菓子の打ち合わせである。この道四十年の主人、山口さんは天然の素材にこだわる。作る菓子は山芋のきんとんだが、そのままでは白色なので、季節感をだすために梔子を使っている。四季の移ろいを大切にする茶道では、黄色い梔子はまさに秋を呼ぶ色なのである。お茶会にきた客にも反応を聞く。

【深紫(こきむらさき)】
 平安、鎌倉、室町と時代に関係なく常に朝廷で使用されてきた色「紫」。ところが江戸時代になり、紫の着用をめぐって大きな事件が起きた。1627年、徳川家康が紫衣の着用の際にはあらかじめ知らせるという法度を出した。しかし天皇は大徳寺・妙心寺などの僧に着用を許可、それに対し幕府は勅許状を無効としたのだ。「紫衣事件」と呼ばれるこの事件の背景の裏にあったのは、朝廷と幕府の権力争いであった。「紫」を支配するものは、すなわち最高権力者であったのだ。 京都にある「染司吉岡」。ここの五代目当主、吉岡幸雄さんに大変な手間がかかる深紫染めの製作過程を見せてもらう。

【紅】
 山形県河北町の旧家・鈴木家の座敷倉には、江戸時代の享保雛がある。なぜここに雛人形が伝わっているか、というと最上地方は紅花の産地で、昔京都まで陸路と海路で運ばれていた。行きの荷で紅花を運ぶと、帰りの荷では、京都でその紅花を使って染められた着物や、雛人形となって帰ってきた。“奥の細道”でこの地を何度も訪れている芭蕉も、「行末は誰が肌ふれむ紅の花」と詠んでいる。 紅花染めにいたる工程は多くの人手と手間を要するもので、今も大事に行われている。鮮やかな京都の舞妓が重ねる口紅に重ねる紅は、現代人の心をつかんで離さない。

みどころ

12月23日(土)から5回に
渡ってお送りする「日本の伝統色」シリーズの第1夜。
苔むす古寺の庭、紅をさした舞妓、鮮やかな紅葉…。日本には、様々な彩りを 見せる風景がある。この番組は、英語ならレッドと一色にくくられてしまう色にも微妙な色の違いを読みとって、「朱色」
「紅色」などの名前をつけて区別してきた日本ならではの色彩表現を軸に織り成す、
まったく新しい紀行番組。
京都、奈良、鎌倉など、たおやかな時の流れる古都の街で、十二の色から発想し、そこに育まれた文化や生活を鮮明なハイビジョン映像で送る。