トップにもどる
■バックナンバー
 下記から選択してください
直撃! トップの決断 バックナンバー 司会:長谷川洋三 アシスタント:栗原由佳
■放送日 3月20日
株式会社ロック・フィールド代表取締役社長 岩田弘三

長期低迷にあえぐ日本経済の中でも、元気な会社がある。そういった会社にはたいてい、波乱万丈、艱難辛苦を乗り越えてきた改革精神旺盛なトップがいる。
この番組では、「年功序列」「終身雇用」が崩壊し、かつてない競争社会に身をおく私たちにとって、最高の「教材」である企業トップの生の声を聞き、その半生から激動の時代を力強く生きぬくための方法を学ぶ。司会は近著に「ウェルチが日本を変える」「ゴーンさんの下で働きたいですか」などがある日本経済新聞社編集委員・長谷川洋三。長年の新聞記者経験を生かし、経営者に鋭く迫る。

今回のトップは株式会社ロック・フィールド代表取締役社長、岩田弘三(イワタ コウゾウ)。

ロックフィールドは1972年(昭和47)、欧風高級総菜の専門店として、神戸で設立された。
以来、時代の変化に対応した「日常の食生活」を発信し続け、今や中食(ナカショク)産業のパイオニアとして、確固たる地位を築いている。

創業者の岩田は、中食産業の将来性にいち早く着目、積極的に市場を開拓しその発展をリードしてきた。
しかし、成功の秘密は?と問われると岩田は必ずこう、答える。

「私は情報の引き出しではなく、失敗の引き出しをいっぱい抱えている。失敗こそ最高の財産だ。」

本格的なレストラン開業を目指した若かりし日の苦闘。
満を持して始めた高級デリカテッセンの不振。
ようやく軌道に乗った矢先に突如、起こった社会的事件。
普通の人間ならば、一度で挫折する苦難に幾度と無く見舞われながら、
その逆境をバネにビジネスマン人生を切り開いてきた岩田。

男は困難に直面した時、何を考え、どう行動したのか!?
岩田弘三のチャレンジスピリットに迫る!

岩田の「食との出会い」。
それは幼き日に料理店を経営する叔父に連れられて入った洋食屋での心が浮き立つような経験に始まる。
母を早くに亡くした岩田にとって、外食は輝かしいお祭りの時間だった。

「何て美味いんだ。外国ではこんな美味しいものをいつも食べてるんだ!」

料理の世界に魅了された岩田は中学卒業後、夜間学校に通いながら叔父の料理店に弟子入り。
修行を積みながら独立を夢見て、開店資金をコツコツと貯めていった。

1965年(昭和40)、24歳の岩田は念願だったレストランを開業。
老舗ホテルからシェフを招聘し、開業後数年で支店を出すほどに評判を得る。

「よーし、もっともっと美味しいものを提供して、お客さんを喜ばせるぞ!」

1970年(昭和45)、岩田は欧米を視察に訪れる。
欧米の食事情を自らの目で確かめ、外食ビジネスに活かすのが目的であった。
その視察旅行で岩田はデリカテッセンに出会う。
レストランが、家庭に持ち帰る高級総菜を販売するという当時の日本には無い食文化だった。

「こんな贅沢なモノを、持って帰って食べてるのか。これだ!これからの日本はデリカテッセンの時代だ!」

岩田は1972年、欧風高級総菜専門店、ロックフィールドを設立する。

「叔父に連れられて体験したあの興奮がこれで家庭でも味わえるんだ。日本の食卓はますます豊かになる!」

岩田は自信満々で新たなビジネスに乗り出した。
しかし結果は・・・全く売れなかった。売り場に閑古鳥が鳴く日々。
岩田は歯を食いしばって耐えるしかなかった。

東京での成功でようやく事業が軌道に乗った
1988年(昭和63)、思わぬ事態が起こる。

神戸工場が基準値を上回る汚水を流出させ、兵庫県警から摘発されたのだ。
事件の影響は大きく会社の信頼は失墜、さらに売り上げにも影響を及ぼし、収益がガクンと落ちた。

この苦境にあって岩田はビジネスのあり方を見つめ直す。

「健康、安全、安心が食の原点だ。失った信用を取り戻し、売り上げを立て直すためにも我が社は原点に戻らなければ・・・」

悩んだあげく、岩田は今までの高級総菜路線とは全く方向性の違う新商品販売を決意する。
しかし、その決断を伝えるや社員は全員、猛反対した。

「社長は気が狂ったんじゃないか?」

果たして、岩田が下した決断とは!?

直撃! トップの決断