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直撃! トップの決断 バックナンバー 司会:長谷川洋三 アシスタント:津島亜由子
■放送日 9月19日
株式会社ニフコ 代表取締役社長 渡邉 隆治

 今日のトップは株式会社ニフコ 代表取締役社長 渡邉 隆治(わたなべ りゅうじ)。
 自動車、家電など、あらゆる製品で使われるファスナーという止め具。止める、つなぐ、束ねる、といったもの作りには必要不可欠な部品、プラスチック製のファスナーで国内70%のシェアを誇るリーディングカンパニー、ニフコ。ファスナー以外にも、新聞社、ラジオ局、ベッドなど様々な業種を手がけている。2001年、日本のニフコから世界のニフコへをスローガンに社長に就任した渡邉は、1983年46歳でニフコに入社した中途採用組である。最初の勤め先は東芝の研究所、その後オーディオメーカーのAKAIに転職し、46歳でニフコに入社した。 研究職という職業への疑問。上司との衝突から度重なる配置転換。肩をたたく側のけじめとしての退職。
「人生に無駄なことなど無い」と語る渡邉の波乱に満ちた人生と哲学に迫る!!

 1937年、渡邉は岩手県盛岡市で生まれる。生まれて間もなく、帝室林野局(現林野庁)に勤めていた父について北海道に転居。その後中学まで北海道を転々とし、7回転校を繰り返した。新しい学校ではいじめられることもあり、このころの経験が渡邉の「新しい場をおそれない性格」を形作っていく。 1957年、東大理学部へ進学。地質学を専攻し鉱物学を学ぶ。 1961年、東京芝浦電気に入社。中央研究所で半導体の研究を担当することとなった。半導体の材料はシリコン。渡邉の研究は化合物半導体を探すことがテーマだった。より良い半導体を求めて、果てしもなく続く実験と研究。いつになったら成果が出せるのか?渡邉はあてどもなく繰り返される研究に埋没していった。トランジスタ製造工場の一角にある研究所で研究に明け暮れていたある日、渡邉は工場の生産ラインで働く女性たちを見てふと考えた。「私の研究は世の中の役に立っているのだろうか?工場で働く彼女たちの方がよっぽど世の中の役に立っているのではないだろうか?」渡邉は「世の中の役に立つ仕事がしたい」という思いを強くしていき、転職を決意。当時、一流企業を辞めて転職などという人間は皆無に等しかった。そんな中渡邉は会社の強引な引き留めや怒りにふるえる上司を後にして東芝を去った。
渡邉隆治32歳の決断だった。

 東芝を退職した渡邉は、オーディオメーカーの赤井電機に就職した。創業社長、赤井三郎の猛烈な経営哲学に惹かれたのだ。ある時、失敗した社員の机が地下の倉庫に取り払われてしまった。しかし、しばらくすると復活させ給料も上がっていた。周りの社員はホロリとして、より頑張るようになった。渡邉も、そんな赤井社長の魅力に惹かれて頑張った。しかし、赤井社長亡き後AKAIの業績は落ち込み、建て直しのために業務改善を申し立てた渡邉は上司と衝突し、開発部長から当時陽の当たらなかった品質管理部長に異動させられる。ここで、全社的品質管理の導入などを手がけるが、推し進める打ちに経営を批判する結果となってしまい上司と衝突。さらに生産技術部長に異動。すっかり目を付けられてしまった渡邉は、次々と部署を異動させられるが、やがて会社は大幅な人員整理を行うことになり渡邉も部下を切る役目を命ぜられる。再就職先などを世話しながら社員に退職を勧告していった。そして、最終的には20人の首を切った。忸怩たる思いを抱えていた渡邉は、肩をたたく側の自らのけじめを付けるため1年後に再就職の当てもないまま赤井電機から去ることを決意。
46歳、人生2度目の退職の決断だった。

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