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直撃! トップの決断 バックナンバー 司会:長谷川洋三 アシスタント:津島亜由子
■放送日 6月 6日
神藏 孝之  イマジニア株式会社 代表取締役社長
今回のトップはイマジニアの神藏 孝之(かみくら たかゆき)社長。

我々の生活に無くてはならない物になった携帯電話。今や、電話だけではなく携帯端末として急速な進化を遂げ続けている。様々なサービスが乱立する中、キャラクターコンテンツや教育エンターテイメントのサイトで独自の気を吐き続けるのがイマジニアである。創業した社長の神藏は、政治家志望、松下政経塾出身という異色の経歴。30歳でゲームソフト会社を立ち上げ創業わずか10年で店頭公開を果たした。

政治家の仕事に疑問を持ち悩み続ける日々。節目節目で必ず訪れる人生の師との出会い。業績低迷で経営判断に苦しみ続ける毎日。「ジャイアントカンパニーではなく、小さなダイヤモンドを目指す」と語る神藏の経営哲学と人生の決断に迫る!

1956年、神藏は東京・八王子で生まれる。父は、東宝に務める映画人で、家には膨大な量の本が所蔵されていた。幼い頃の神藏は、父の本を読み漁った。特に好きだったのは歴史小説や伝記物。その影響か、神藏は政治家を夢見るようになる。「自分も歴史に参画したい」

1976年、早稲田大学商学部へ進学し、政治家への登竜門、弁論部の「雄弁会」に所属。ここで、OBなどに刺激を受け政治家への思いは確固たるものになっていく。政治家になるためにはサラリーマンの心も知らなければと考えた神藏は、大学卒業後トヨタ自動車販売に入社。1年後に退社し松下政経塾に入ることを決意。入塾時の面接で松下幸之助にこう質問された。「自分の人生を振り返って運が良かったと思いますか?」「はい。運が良いと思います」神藏は素直に答えた。「それは良かった。運が良いと思うことが、自分に幸をもたらすのです。運の良い人とつきあうことですな」面接は終わり、無事入塾を果たす。

そして、神藏は政経塾に入塾以降、その後経営の師・人生の師と仰ぐ様々な人と出会うこととなる。講師として訪れたミサワホーム(株) 社長 三澤千代治氏(現ミサワホームホールディングス(株)名誉会長)。また、京セラ(株) 会長 稲盛和夫氏、任天堂(株) 社長 山内溥氏(現任天堂(株)取締役相談役)、(株)サンリオ 代表取締役社長 辻信太郎氏。政治家を志していた神藏だったが、政経塾に講師として訪れる事業家の話に次第に魅せられていく。「政治家より事業家の方が面白い。自分も無から有を生む仕事がしたい」と思うようになる。

そんな神藏の相談に乗ってくれたのが講師の三澤千代治氏である。「うちで修行しないか?」と言ってくれた。しかし、出資に対しては厳しい条件をつきつけた。「事業家の最低条件は物売りが出来ることだ。トップセールスマンになったら資金を出してあげるから独立しなさい」その言葉に奮起した神藏は、信州ミサワホーム(株)で住宅セールスに走り回り、2年で10億を売り上げ全国トップの成績を修めた。三澤氏は約束通り事業資金を出資。「30歳までに社長にならなければ駄目」という助言に、神藏は急ぎ会社を立ち上げた。29歳と11カ月、30歳まで残り1カ月。事業家神蔵孝之の出発だった。

イマジニアを設立した神藏はゲームソフトを作り始める。折からのファミコンブームに乗って事業は順調に滑り出したかに見えた。しかし、出すソフト出すソフトが全く売れず、3年間で10億円の赤字を出すという惨状に陥った。出資者の三澤氏からも「もうその辺でやめておいてね」と言われる始末。しかし、その状況を打開したのが「株式必勝学」というゲームソフトだった。

子供向けのゲームではなく大人向けのゲームを。この常識を覆すコンセプトで、他のソフトが通常5000円のところを1万円という高価格にもかかわらず30万本の大ヒットを記録した。そして、シムシティのヒット。終わりのないゲーム、都市工学に基づいた教育ソフト、これも、今までのゲームの概念を覆すコンセプトのゲームソフトだった。このヒットでイマジニアは赤字を一掃し、創業10年で店頭公開を果たした。しかし、神藏はこのまま事業の根幹をパッケージゲームソフトに依存する事に危機感を持っていた。ゲーム産業は成熟し、売れるものと売れないものの二極化が進行していた。

ゲームの高度化に伴う開発費の高騰や、ヒットソフトの短命化。更に、急激なインターネットの普及により市場はめまぐるしく変化していた。「このままパッケージソフトを続けていても先は見えている。何か別の方向を見出さなければ・・・」そこで神藏は決断する! 携帯電話コンテンツへの事業転換を打ち出したのだ。社内は動揺した。「新しい事業でうまくいくという確信はあるのか!」「俺達はゲームソフトを作るためにこの会社に入ったのに」しかし、神藏は信念を持って方針を曲げなかった。ゲームソフト作りを標榜する社員は次々と会社を去っていった。

だがその時、神藏が胸に秘めていたのは、単なる事業転換ではなく、会社の将来を左右する大きな企業戦略だった。しかもそれを実現するためには多大なリスクを負わねばならない。果たして神藏はどんな戦略を胸に秘めていたのか!?

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