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直撃! トップの決断 バックナンバー 司会:長谷川洋三 アシスタント:津島亜由子
■放送日 4月25日
塚本 勲  加賀電子株式会社 代表取締役社長

今回のトップは加賀電子の塚本 勲(みむつかもと いさお)社長。

 加賀電子は電子部品を中心に、技術、製造、貿易、情報システムなど様々な分野に拡大し躍進を続けている。
メーカー系ではなく独立系の商社として独特の地位を走り続け、「体育会系の野武士集団」と評されるエレクトロニクス総合商社である。創立は1968年。高校を中退、上京して就職した塚本が、電機部品の取扱商社として独立したのが始まりだった。

秋葉原に借りた2坪ほどの事務所で弟と二人きりの創業。独立前の人脈と、誰からも愛される誠実さを武器に業績を伸ばし、事業を拡大。トランシーバー、インベーダーゲームの流行など時流を機敏に捉える先見性で電子部品商社として急成長を遂げた。

「エレクトロニクスに関することなら何でもやってみろ」塚本の大胆なフロンティアスピリットと、部下を信じて全てを任せる経営哲学が、年商2000億円を売り上げる巨大商社を築き上げた。「在庫は諸悪の根源だ」と語る、塚本の経営哲学と波乱の人生に迫る!

1943年、塚本は石川県で生まれる。男ばかり5人兄弟の3男だった。家は貧しかったが、兄弟5人、仲良く育てられた。成績は優秀で、地元でも就職率が高くて有名だった金沢工業高校へ進学。卒業すれば、就職して家を助ける。本人も周りも当然そうなるものと思っていた。しかし、高校に通いだして1年もした頃、塚本は突然こんな事を言いだした。「高校を退学する」高校での成績も優秀だった塚本の突然の決意に、先生も自宅まで来て思いとどまるように説得した。

16歳で高校を中退した塚本は上京して工場へ就職。仕事は、電機部品の組み立てだった。2年後、工場から営業へ移った塚本は、持ち前の明るさと人懐っこさで頭角を現していった。秋葉原のメーカーに製品を売り込みにまわり、みんなからかわいがられ人脈を作っていった。5、6年たったころ、塚本の中にこんな思いが沸き上がってきた。「もっと多くの製品を扱えればもっとお客様のお役に立てる」今の会社では扱える製品が限られている。しかしお客様はもっと色んな製品を必要としている。塚本は、思いを正直に上司にぶつけ会社を移ることにした。

上司も社長も快く認めてくれ、塚本は新天地へと移っていった。しかし、移った会社の経理の不透明さが不満で半年で退職してしまう。塚本は独立を決意した。会社の設立のため、親から資金を借りなければならなかった。塚本は実家に赴き、「親子の縁を切っても良いから設立資金を貸してください」すると父親は「そんな寂しいことを言うな。金なら貸してやる。しかし、うちも貧しいからこれが最初で最後だぞ」といって、20万円をかき集めて貸してくれた。

塚本は早速、事務所を借りてお客様の所へ注文を取りに行った。秋葉原ではかなりの顔になっていた塚本に客は快く注文を出してくれた。事業は順調に滑り出したかに見えた。しかし、ここで大きな壁が立ちはだかった。注文は受けたものの、製品を調達するお金がない! 親から借りた20万円は事務所の設立費用で既に底をついていた。製品を買うお金がなければせっかくの注文に応えることが出来ない。ここで塚本は前代未聞の決断をする。塚本が下した決断とはいったい何だったのか!?

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