中川一政「福浦突堤」

screenshot真鶴半島の入り口、相撲湾に開けた小さな港町、神奈川県真鶴町。 一年を通して大勢の釣り客や磯遊びに来る人たちで賑わう。豊かな森の緑とふりそそぐ太陽、そして、どこまでも広がる雄大な水平線。そんな真鶴の風土をこよなく愛した一人の画家がいた。日本西洋の巨匠で文化勲章受章者の中川一政。97歳の長寿を生きた彼は、後半生の40年を真鶴で暮らし、旺盛な創作活動に励んだ。今回はその代表作である「福浦突堤」の秘密に迫る。

中川一政と「福浦突堤」

真鶴半島の突端にあり、お林と相模湾を一望できる展望公園。海を見晴るかすその豊かな樹林の中に、「町立・中川一政美術館」がある。この美術館は日本西洋画壇の巨匠・中川一政画伯から自作の油彩・岩彩・書等数多くの作品の寄贈を受け、平成元年3月に創立された。簡素でシンプルな館内に飾られた絵の数々はいずれも生命力と躍動感にあふれる。そんな中の一枚が「福浦突堤」 だ。中川は、56歳で真鶴に移り住み、アトリエを構えた。真鶴半島のつけ根にある福浦港。漁船わずか10隻あまりのこの小さな漁港を、生涯のモチーフとして描き続けた。

中川一政が愛した「真鶴」の街

中川は、魚の絵もたくさん描いていた。真鶴半島は箱根火山の外輪山の一部が相模湾に突き出したといわれる。断崖絶壁が続き、豊かな森が広がっているため、漁港には、毎日目の前の相撲湾で獲れた新鮮な魚介類が水揚げされる。中川の絵の題材にするため、毎朝、市場で魚を仕入れると、アトリエに届けていたという地元の大工の森さんは、「先生は生きた魚しか絶対に描かなかった」と語る。森さんは中川の絵の額もいくつか作っている。そんな森さんに中川は自作の絵を贈っている。果たしてそのお宝の絵とは・・・? 番組では中川一政のもう一つの代表作「駒ヶ丘」と静物画“薔薇シリーズ”もご紹介。