カディスの赤い星コンサート2010

5月16日(日)午後2時 (初回放送 4月17日(土)夜8時)

いま日本ではフラメンコがちょっとしたブームになっています。
テレビCMでもフラメンコのリズムを耳にする機会が増えていますが、踊りを中心としたフラメンコが主流で、ギターはあくまで伴奏としての役割になっています。
しかし、日本でのフラメンコの芽吹きは1960年代、音楽としてのフラメンコギターから始まりました。
モントヤ、サビーカス、リカルド、エスクデロ、マルチェーナなどのレコードで当時の日本人はフラメンコギターの響きを初めて耳にしたのです。

フラメンコギターに魅せられて自らも、ギターを弾く「直木賞作家・逢坂 剛」さんに代表される世代の人々、そのあとに続くいわゆる「団塊の世代の人々」にとって、自分たちの世代が楽しんできた、「音楽会としてのフラメンコギターコンサート」に出会う機会が少ないのが残念に思われます。
日本の高度成長を支えてきた「団塊の世代」が会社生活から卒業する時期を迎えています。若い頃は高価で手に入らなかったギターも今なら買える年になりました。もういちどギターを弾き、演奏会も楽しみたい。仕事が忙しくてなかなか行けなかったスペインを楽しむ旅もしたい、これから人生を楽しもうという世代です。その世代へのプレゼント・コンサート
それが「逢坂剛・カディスの赤い星ギターコンサート」です。
1986年 第96回直木賞
      第5回 日本冒険小説協会賞
そして   第40回日本推理作家協会賞  とトリプル受賞に輝いた

逢坂剛 作 「カディスの赤い星」
この小説は、1台のギターを追って、日本と内戦時のスペインを舞台に展開されるサスペンスに満ちた国際冒険小説です。

その小説のタイトルをかかげるコンサートも今回で3回目を迎えました。
さあ今宵再び 「逢坂剛ワールド」の始まりです。

■沖仁とハビエル・コンデ、緊迫の競演/逢坂 剛

カディスの赤い星ギターコンサート  沖仁とハビエル・コンデが、それぞれ日本とスペインのフラメンコ界を代表する、優れたギタリストの一人であることは、言うまでもない。
 その競演が実現したことには、いろいろな意味がある。
 スペインのフラメンコは、ギターに限らずバイレ、カンテ、そしてそれらを取り巻く環境のすべてが、過去二十年ほどのあいだに激変した。ことにスペインが、EU加盟国の一つとしてスタートし、ペセタを捨ててユーロを導入したあとのこの十年、フラメンコも社会全体の大きな変化の影響から、逃れることができなかった。
 パコ・デ・ルシアによって、一九七〇年代にコペルニクス的転回(!?)を果たしたフラメンコギターは、そのあと超絶技巧と新感覚の音楽性を身につけた、ビセンテ・アミーゴらのモデルノ派によって、年々いちじるしい進化を続けてきた。彼らは、従来のフラメンコになかった、ニューミュージックやジャズの新しい和音、リズムを取り入れ、さらに他の楽器とのアンサンブルを実現するなどして、この世界に新風を吹き込んだ。
フラメンコを、地球レベルで一般に浸透させた彼らの功績は、確かに評価されなければならない。しかし同時に、簡単なことを深く弾く(歌う、踊る)という、フラメンコの剛直な本質がおろそかになったことも、否定できない事実である。著名なバイラオーラ、マヌエラ・カラスコはアメリカのメディアのインタビューに答えて、「良き時代の伝統的なフラメンコは、むしろ日本の方に残っている」と述べ、スペインの新しいフラメンコ に苦言を呈した。
カディスの赤い星ギターコンサート  そう言われれば、なるほど日本のフラメンコには昔ながらの、伝統的な要素が色濃く残っている。ギターに限っても、わたしとほぼ同世代のベテランのギタリストは、ほとんど例外なしに古き良き時代のフラメンコを弾く。思い切って言えば、それは今のスペインのギタリストには、まず求められないものである。
 その中にあって、同じ日本人の沖仁は一世代若いという事情もあり、そうしたベテランとは異なるギターを弾く。
 デビュー当時は、アミーゴらモデルノ路線の波に乗った弾き手と思われたが、昨年のビクトル・モンヘ・セラニートとのジョイントの前後から、その演奏に伝統への回帰の気配が、感じられるようになった。それは、周囲の期待に反応したというよりも、沖自身の内的要請にもとづくものだった、と考えられる。
 フラメンコには、アルティスタがどれほど過激に進化しようと、それをもう一度伝統に引きもどす、不思議な力がある。それを〈ドゥエンデ〉と呼んでも、いっこうにさしつかえない。 スペインのモデルノ派に、勝るとも劣らぬ技巧と感性を備えた沖が、いちはやく彼らの影響から脱したのは、この〈ドゥエンデ〉の力にほかなるまい。
カディスの赤い星ギターコンサート  一方のハビエル・コンデも、スペインのフラメンコの複合的混乱の中から、不死鳥のように蘇った伝統派のギタリスト、といってよい。ハビエルは、アミーゴに代表されるモデルノ派と一線を画し、サビカスなどすでに鬼籍にはいった名人、あるいはセラニートやアンドレス・バティスタなど、ベテランが弾いた伝統的なスタイルの曲を、そのまま自分のギターで再現してみせる。若いだけに、ときとしてオリジナル奏者によりも大胆に、巧みに弾くことも珍しくない。その、力強い技巧と感性の豊かさには、心底驚かされる。それでいて、単なるコピーではない独特の味がある。フラメンコのオールドファンは、ハビエルの演奏に若き日の名ギタリスト、あるいは自分自身を重ね合わせることによって、至福の時を過ごすだろう。
 このように、キャリアも本質も大いに異なる沖とハビエルの競演は、緊迫感に満ちたものになるはずだ。今後、フラメンコギターがどの方向を目指すにせよ、二人の競演がその指針となることは間違いない、と信じている。

5月16日(日)午後2時