沸騰の国ミャンマー! ニッポン式で夢をかなえる

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情報・ドキュメンタリー
4月25日(土)夕方5時 【放送は終了しました】

語り

ルー大柴

番組内容

民主化しつあるミャンマー。
そこで“ニッポン式”で夢をかなえるため、奮闘する二人の日本人がいました。

●貧しい村で、ニッポン式青空音楽教室/市村節夫
ミャンマーミャンマー 











都市部ヤンゴンで真新しい巨大な建物や学校が建設されるなか、貧しい村では子どものために奮闘する日本人がいた。ミャンマーの更なる発展には教育の充実こそが重要と考えた市村節夫は一念発起し、自費をはたいて学校を建設。音楽教室だった市村は日本からキーボードやリコーダーを持参し「芸術」「音楽」といった感性を養う授業に積極的に取り込んでいる。今ではその活動に賛同する仲間たちの輪が広がり、貧しい村々に学校を作り続けている。



●発展目覚ましい都市で、ニッポン式指圧マサージ店経営/江岡美香
ミャンマーミャンマー










経済発展が進む大都市、ヤンゴン。多くの日本企業が進出する中、裏通りに日本人・江岡美香が経営する“ニッポン式の指圧マッサージ店”がある。ミャンマーでのマッサージはタイ式が主流だが、駐在日本人を相手に勝算があると見込んで参入。料金は60分で約1500円。決して安くはない。江岡は現地でスタッフを集め、ニッポン式の“住み込み修行”で技を磨かせる。寝食をともにする家族同様の共同生活。「言葉が通じなくても心は通じる。」江岡美香の挑戦はこれからも続いていく。

市村節夫・ヤンゴンからのメッセージ

私は38 年間、日本の子どもたちに音楽を通して数多くの教え子とめぐり合い、幸せな人生だったと思っています。その一方で、戦中生まれの私は貧しい少年時代の思い出を背負っていました。
ミャンマーに行ったきっかけをホームページやブログに書いてありますが、それは「なぜミャンマーなのですか?」という問いかけに対しての答え方のようなもので、実は自分でもよくわからないのです。強いていえば、おじが24 歳の若さでミャンマーで戦死していること。引退後の残された自分の時間を、発展途上の国の子どもたちに音楽を教えながら過ごせたらいいなあ。と思ったことくらいでしょうか。ミャンマーの貧しさを前にしてその考えの甘さを知り、子ども達のおかれている状況を目の当たりにしたら引っ込みがつかなくなった、というのが本音に近いです。
音楽を教えるというのにはほど遠いですが、村に楽器を持ち込んで、勝手に授業みたいなことをすることがあります。偶然ですが、今回の取材でそのシーンを撮ってもらいました。たくさんのトラブルを抱えている子どもたちの心に種をまいていることを感じながら楽しく過ごしています。
日本では、後期高齢者に区分されるような年齢になりましたが、心は青春そのもの!自分にとっても良かったと思っています。