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Bunjin東京グルメ

第3回 『うさぎや』
~喜作最中がつむいだ"思い"~(前編)

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2013.12.30

髪に鋭い眼光。神経質そうな姿からは想像しづらいが、芥川龍之介は大の甘党だった。彼がとりわけ愛した逸品。その一つが、上野『うさぎや』の喜作最中である。主人・谷口喜作は、俳人としても活躍し、当時、多くの文化人と交流を持つ趣味人でもあった。芥川は、主人の作る菓子と句の世界に魅了され、親しみを持ってうさぎやへ通うようになる。

「冠省鎌倉に来てうまいお菓子なく困り居り候間お手製のお菓子をお送り下され」(『芥川龍之介全集 第二十巻』)

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1923年8月、鎌倉の平野屋に2~3週間ほど逗留していた芥川は、うさぎやのお菓子が恋しくなり、谷口氏へ書簡を宛てている。しかも、「横カラ見タ所」「餡也割つた所」「風味あり」など、ご丁寧に図説で要望まで書き添えているほどのこだわりだ。

海軍機関学校の嘱託教官として働いていた芥川は、東京・田端から離れ、鎌倉に居を構えていた時代がある。決して、鎌倉に疎かったわけではない彼が、東京に戻るまで辛抱できずに恋焦がれた味。

「今ではどら焼きが一番有名ですが、うちの看板は『喜作最中』だという気持ちがあります。子どものときは、この最中の素晴らしさが分からなかった。でも、年齢を重ねた後に食べてみると、"完成されている"と感じるんです。先代たちが作った味は美味しいなって。」
と、現在の『うさぎや』主人である4代目・谷口拓也さんは、優しい笑顔で教えてくれた。

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